水戸黄門
Mito Kōmon
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水戸市のイベントに登場した黄門様・助さん・格さんの扮装(Wikimedia Commons)
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モデルとなった水戸藩2代藩主・徳川光圀の肖像(Wikimedia Commons)
略称 黄門様
ジャンル 時代劇、勧善懲悪、ロードムービー
放送シーズン 全45部(TBS系 第1部 - 第43部、BS-TBS版 2シリーズ)+各種スペシャル
放送期間 1969年8月4日 - 2011年12月19日(TBS系レギュラー)/2017年10月4日 - 2019年8月11日(BS-TBS版)
放送時間 月曜 20:00 - 20:54(TBS系「ナショナル劇場」→「パナソニック ドラマシアター」)
話数 TBS系 全1227回(シリーズ通算1248回とされる)
放送国家 日本
言語 日本語
放送局 TBSテレビ(TBS系列)/BS-TBS
配信 時期により変わる(2026年11月時点で常設の公式見放題配信は未確認)
平均視聴率 22.2%(TBS系通算、関東地区)/最高43.7%(1979年2月5日)
制作
制作 C.A.L、TBS(制作協力:東映、のち東映太秦映像)
音楽 木下忠司
出演者 東野英治郎、西村晃、佐野浅夫、石坂浩二、里見浩太朗、武田鉄矢(歴代水戸光圀)ほか
その他
原作 講談『水戸黄門漫遊記』ほか(特定の原作者なし)
関連番組 水戸黄門外伝 かげろう忍法帖(1995年)、水戸黄門スペシャル(2015年・2025年ほか)
オープニング曲 「ああ人生に涙あり」(作詞:山上路夫/作曲:木下忠司)
外部リンク BS-TBS公式サイト

概要[編集]

水戸黄門(みと こうもん)とは、TBSテレビ系の月曜夜8時「ナショナル劇場」枠で1969年から2011年まで42年間放送された国民的時代劇である。隠居した水戸藩の老公・水戸光圀が、助さん・格さんを連れて諸国を旅し、悪代官や悪徳商人を懲らしめる。クライマックスで印籠を突きつけ「この紋所が目に入らぬか」と一喝する場面は、日本の勧善懲悪のお約束そのものになった。

詳細[編集]

「マンネリ」を極めた勧善懲悪[編集]

物語の型はほぼ毎回同じ。旅の途中で一行が立ち寄った宿場や城下町で、悪代官と越後屋(的な悪徳商人)が結託して庶民を苦しめている。ご隠居は「越後のちりめん問屋の隠居・光右衛門」を名乗って身分を隠し、密偵の風車の弥七やくノ一が裏を探る。終盤、悪人の屋敷に乗り込んで大立ち回りを演じたあと、ご老公の「助さん、格さん、もういいでしょう」の一言で格さんが印籠を取り出し、悪人一味がひれ伏す。視聴者は結末を完全に知っていながら毎週チャンネルを合わせた。この「分かっていても見たい」安心感こそが、半世紀近く続いた最大の理由だといわれる。

放送枠とスポンサー[編集]

放送は月曜20時台、松下電器産業(現・パナソニック)の一社提供枠「ナショナル劇場」。同枠では『大岡越前』などと交互に放送され、『水戸黄門』は1部ごとにおおむね半年前後のクールで制作された。2008年10月に松下電器がパナソニックへ社名変更したのに合わせ、第39部から枠名も「パナソニック ドラマシアター」に変わっている。制作はC.A.Lで、京都・太秦の撮影所を拠点に東映(のち東映太秦映像)が制作協力に入った。時代劇のノウハウを持つ京都のスタッフが、テレビ用の量産体制を支えた形である。

数字で見る『水戸黄門』[編集]

TBS系での放送は第1部から第43部まで、全1227回。2015年のスペシャルとBS-TBS版を含めると、シリーズ通算は1248回とされる。TBS系の平均視聴率は22.2%、最高は1979年2月5日の43.7%(ビデオリサーチ・関東地区)で、日本の連続ドラマ史上でも屈指の記録として語られる(43.9%とする報道もある)。2003年12月15日には「1000回記念スペシャル」が放送された。初代黄門の東野英治郎一人だけで381回を演じており、これも歴代最長である。

史実の徳川光圀とのちがい[編集]

本物の「水戸黄門」はどんな人?[編集]

モデルの徳川光圀(1628年 - 1701年)は、徳川家康の孫にあたる水戸藩の2代藩主。「黄門」は中納言という官職の中国風の呼び名で、「水戸の中納言」をていねいに言い換えたのが「水戸黄門」である。つまり称号であって本名ではなく、歴代の水戸藩主のうち中納言になった人は複数いるため、厳密には「水戸黄門」は光圀だけを指す言葉ではない。それでも光圀があまりに有名になったため、今では水戸黄門といえば光圀、という状態になっている。若い頃は派手な格好で不良仲間と遊び歩いたとも伝わるが、18歳ごろ『史記』の伯夷伝に感銘を受けて学問に打ち込むようになったという。

全国漫遊はしていない[編集]

ドラマ最大の「ウソ」は、光圀が日本中を旅したことである。記録に残る光圀の遠出は日光、鎌倉、金沢八景、房総など、ほぼ関東の範囲にとどまり、九州や北陸を歩き回った記録はない。一方で光圀は、歴史書『大日本史』の編纂事業を始め、史局「彰考館」の学者たちを各地に派遣して史料を集めさせた。この「家来が全国を回って調べものをした」事実が、のちに「ご老公自身が全国を回った」という物語に膨らんだと考えられている。なお『大日本史』は光圀の死後も編纂が続き、完成までにおよそ250年かかった超長期プロジェクトだった。

助さん・格さんのモデル[編集]

佐々木助三郎(助さん)と渥美格之進(格さん)にもモデルがいるとされる。助さんは彰考館の総裁を務めた学者・佐々宗淳(介三郎、号は十竹)、格さんは同じく彰考館の中心人物だった安積澹泊(覚兵衛)が下敷きといわれる。佐々宗淳は実際に史料調査で各地を訪ね、湊川の楠木正成の墓碑建立にも関わった。二人とも剣の達人というより学者だったわけで、ドラマで悪人をばったばったとなぎ倒す姿とはだいぶ趣が違う。また「天下の副将軍」も江戸幕府の正式な役職ではなく、講談や芝居が広めた肩書きである。

講談『水戸黄門漫遊記』の成立[編集]

幕末の講談から明治の大阪へ[編集]

光圀は生前から名君として評判が高く、江戸時代後期にはすでに、黄門様が旅先で世直しをする物語が読み物として楽しまれていた。これを講談(講釈)として形にしたのが幕末の講釈師たちで、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』のような道中ものの趣向を取り入れたと考えられている。初期の講談ではお供が俳人だったともいわれ、今のイメージとはかなり違う。明治に入ると大阪の講釈師・玉田玉知が、お供を佐々木助三郎と渥美格之進の二人組に仕立てて話を大きく膨らませた。東京と大阪で筋立てはかなり異なったが、最終的には大阪式が主流になったとされる。

映画スターたちの黄門[編集]

講談で人気を得た黄門漫遊記は、映画の時代になるとすぐにスクリーンへ進出した。1910年には『水戸黄門記』が作られ、「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助をはじめ、山本嘉一、大河内傳次郎、市川右太衛門らが黄門を演じた。右太衛門は北大路欣也の父で、大河内とともに老け役を嫌ったため、若侍との一人二役という変則設定が用意されたという逸話が残る。戦後は東映が月形龍之介主演でシリーズ化し、低予算の小品から始まって、のちにはオールスター大作へと格上げされた。1959年の『水戸黄門 天下の副将軍』はその代表作として知られる。月形はTBSの「ブラザー劇場」枠でテレビ版の黄門も演じており、映画からテレビへ黄門像を橋渡しした存在だった。

歴代の水戸光圀[編集]

初代・東野英治郎(第1部 - 第13部)[編集]

1969年の第1部から1983年の第13部まで、足かけ14年にわたって演じた初代。劇団俳優座の創設メンバーで、小津安二郎や黒澤明の映画に欠かせない名脇役だった新劇俳優が、国民的おじいちゃんに変身した。豪快な「カッカッカ」という笑い声、気さくでいたずら好きなご隠居像は、その後の歴代黄門の原型になっている。素朴な風貌から「じゃがいも黄門」とも呼ばれた。最高視聴率43.7%も東野時代の記録である。

2代目・西村晃(第14部 - 第21部)[編集]

1983年から1992年までを担当。都会的でユーモアのある芝居から「シティーボーイ黄門」と呼ばれた。番組の絶頂期を引き継いだプレッシャーのなかで、東野版とは違う軽やかな黄門像を作り上げた。第21部ではシリーズ初の2時間スペシャルも放送されている。

3代目・佐野浅夫(第22部 - 第28部)[編集]

1993年から2000年まで。庶民に寄り添い、悲しい話にはつい涙ぐむ人情派で「泣き虫黄門様」として親しまれた。童話の読み聞かせなどでも知られた人柄が、そのまま役ににじみ出たといわれる。

4代目・石坂浩二(第29部 - 第30部)[編集]

2001年から2002年まで。石坂浩二は史実の肖像画に近づけるため、トレードマークだった白いあごひげをなくした「ヒゲなし黄門」で登場し、大きな話題になった。知的な雰囲気から「インテリ黄門様」とも呼ばれたが、視聴者の評価は割れ、第30部では白ひげを付けている。2002年に直腸がんの手術を受けたことを公表し、短期間で降板した。同時期には助さん・格さん・お供の顔ぶれも一新され、シリーズとしても大胆な刷新期だった。

5代目・里見浩太朗(第31部 - 第43部)[編集]

2002年から2011年のレギュラー終了まで、そして2015年のスペシャルでも黄門を務めた。若い頃は2代目の助さんとして長く出演しており、助さんから黄門へ「出世」した唯一の俳優として知られる。ゲスト出演まで含めると歴代の助さん・格さん全員と共演した人物ともいわれる。品格と温かみを兼ね備えた正統派の黄門で、地上波版の最後を締めくくった。

6代目・武田鉄矢(BS-TBS版)[編集]

2017年にBS-TBSで復活した新シリーズで6代目に就任。博多出身の武田は、『3年B組金八先生』の印象があまりに強いため、ネット上では「どうしても金八に見える」「コントのよう」といった声も出た一方、「安心して見られる」「東野版に近い軽快さがある」と好意的な反応もあり、評価は賛否が分かれた。頑固で人間くさいご老公像が特徴である。

登場人物とキャスト[編集]

助さん(佐々木助三郎)[編集]

二枚目担当。初代は杉良太郎(第1部 - 第2部)で「助さん=色男」のイメージを決定づけた。2代目の里見浩太朗が長く務め、3代目のあおい輝彦はやや軟派で人なつこい助さんを演じた。以降、岸本祐二、原田龍二(2003年 - 2010年ごろ)、東幹久と続き、BS-TBS版では財木琢磨が演じている。

格さん(渥美格之進)[編集]

力自慢で実直な武闘派。印籠を出すのは基本的に格さんの役目である。初代は横内正、2代目の大和田伸也は「こちらにおわすお方をどなたと心得る」の決め台詞を定着させたとされる。3代目の伊吹吾郎は17年にわたって務めた最長の格さん。4代目の山田純大は初代助さん・杉良太郎の息子で、親子二代で黄門様のお供を務めたことになる。以降、合田雅吏、的場浩司と続き、BS-TBS版は荒井敦史。

密偵・お供たち[編集]

  • 風車の弥七:義賊あがりの密偵。危険を知らせる風車を柱に打ち込むのがトレードマーク。初期は中谷一郎、のちに内藤剛志が演じた。BS-TBS版では津田寛治。
  • うっかり八兵衛:食いしん坊でおっちょこちょいな庶民代表。高橋元太郎の当たり役で、2015年スペシャルでは林家三平が演じた。
  • かげろうお銀/疾風のお娟:由美かおるが1986年から演じたくノ一。お銀を主人公にしたスピンオフ『水戸黄門外伝 かげろう忍法帖』(1995年)も作られた。2010年に降板し、以後は雛形あきこが同系統の役を引き継いだ。
  • 柘植の飛猿:野村将希が演じた忍者。身軽なアクションで殺陣を盛り上げた。
  • BS-TBS版では元AKB48の篠田麻里子が、くノ一の詩乃を演じている。

由美かおるとお風呂のお約束[編集]

シリーズの名物として知られたのが、由美かおる演じるくノ一の入浴シーンである。本人によると、深夜番組で「入浴シーンは何時何分?」というクイズが出されたことがきっかけで制作側から増やしたいと頼まれ、ヒノキ風呂や岩風呂などで通算204回を数えたという。番組の「お約束」のひとつとして語り継がれており、2026年4月には75歳で49年ぶりの映画出演が報じられた際にも、記者から入浴シーンの有無を問われる一幕があった。由美は衣装も自ら工夫し、バレエ用のタイツと丈を詰めた着物を組み合わせた動きやすい忍者スタイルを考案したと語っている。

印籠の場面と主題歌[編集]

「この紋所が目に入らぬか」[編集]

大立ち回りの末に格さんが三つ葉葵の印籠を掲げ「静まれ、静まれ!この紋所が目に入らぬか!」、助さんが「こちらにおわす方をどなたと心得る。おそれ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ」「頭が高い、控えおろう!」と続ける流れは、もはや様式美。もっとも、第1部の頃は毎回印籠を出していたわけではなく、視聴者の反響を受けて放送3年目ごろから毎回の定番になったとされる。番組終盤、夜8時45分前後に印籠が出る、という言い伝えのような話もよく知られている。ちなみに印籠はもともと印判を入れる小箱で、江戸時代には薬入れとして使われた携帯用の容器である。

「ああ人生に涙あり」[編集]

主題歌「ああ人生に涙あり」は作詞・山上路夫、作曲・木下忠司。「人生楽ありゃ苦もあるさ」で始まる歌い出しは、時代劇の主題歌として抜群の知名度を誇る。歌い手は時期によって変わり、助さん・格さん役の俳優が歌うのが基本で、第18部から第28部はあおい輝彦と伊吹吾郎、第30部から第32部は橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の「御三家」が担当した。作曲の木下忠司は映画監督・木下惠介の実弟で、兄の作品の多くで音楽を担当した人物でもある。

制作と終了、そして復活[編集]

地上波レギュラーの終了[編集]

2011年7月、TBSは放送中の第43部をもってレギュラー放送を終えると発表した。第43部は初回10.0%、第2回9.6%と、かつての数字からは大きく落ち込んでいた。同年4月にはNHKの土曜時代劇も終わっており、地上波から連続時代劇が消えていく流れのなかでの幕引きだった。発表を受けて、水戸市・常陸太田市・那珂市のゆかりの3市長がTBSを訪れ、観光への影響を懸念して再考を要望したことも報じられた。最終回スペシャルは2011年12月19日に放送され、歴代の格さんら懐かしい顔ぶれも出演した。

2015年スペシャル[編集]

2015年6月29日には、TBS系「月曜ゴールデン」の特別企画として3年半ぶりのスペシャルが放送された。黄門は里見浩太朗、助さん・格さんは原田龍二と合田雅吏で、林家三平の八兵衛、内藤剛志の弥七、野村将希の飛猿もそろった。次期将軍候補の徳川綱豊(永井大)を連れて旅をする筋立てで、植草克秀が徳川綱吉、津川雅彦が紀伊国屋文左衛門を演じた。白石統一郎エグゼクティブプロデューサーは、里見本人がもう一度光圀を演じたいと強く望んでいたと明かしている。

BS-TBS版(2017年 - 2019年)[編集]

2017年10月4日から12月6日までBS-TBSで武田鉄矢主演の新シリーズ第1弾(全10回)が放送され、2019年5月19日から8月11日まで第2弾(全10回)が続いた。地上波版の続きとして第44部・第45部に数えられ、タイトルバックとテーマ曲も引き継がれた。第2弾は武田の地元に近い九州が舞台で、地上波TBSでも日曜早朝に第1弾が再放送された。ナレーションは生島ヒロシが務めた。

2025年・2026年の2時間スペシャル[編集]

2025年12月28日には、BS-TBS開局25周年企画として約7年ぶりの新作『水戸黄門スペシャル』が2時間枠で放送された。ご老公が甥の前田綱紀(榎木孝明)に会うため金沢を目指す途中、自らの印籠が作られた輪島に立ち寄り、輪島塗の利権をめぐる騒動を収める物語で、作中の印籠は実際に輪島の名工が手がけた品とされ、能登へのエールを込めた作品と紹介された。加藤雅也が、史実で光圀に手討ちにされた家臣・藤井紋太夫を演じたのも歴史ファンには見どころだった。さらに2026年10月7日、BS-TBSは12月に新作『水戸黄門スペシャル~岡崎・尾張~』を放送すると発表した。武田鉄矢、財木琢磨、荒井敦史、篠田麻里子、津田寛治、柳沢吉保役の袴田吉彦が続投し、2026年11月4日時点で放送日時と追加キャストは未発表である。

評価・反響[編集]

国民的「お約束」ドラマ[編集]

『水戸黄門』は、結末が分かりきった物語を毎週楽しむという、日本のテレビ文化の象徴として語られることが多い。高齢層の支持が厚く、月曜夜にお茶の間で家族そろって見る番組の代名詞だった。印籠の場面は、ビジネスの世界で決定的な証拠や権威を示すことを「印籠を出す」と言うほど日本語に溶け込んでいる。一方で、権威の前に悪人がひれ伏す構図そのものが現代では共有しにくくなったとする評論もあり、コラムニストの堀井憲一郎は、根拠を示されない圧倒的な権威を受け入れにくい時代になったと論じている。

名優たちの通過点[編集]

長寿番組だけに、ゲストとして出演した俳優は数知れない。竹脇無我や中村玉緒は複数の部にゲスト出演しており、神田正輝、布川敏和、山本竜二らも出演歴を持つ。京都の撮影所で鍛えられた時代劇の殺陣や所作を、若手俳優が学ぶ場としての役割も果たした。由美かおるは、テレビ版『座頭市』へのゲスト出演などを経て黄門一行に加わったと語っている。

炎上とバズ[編集]

『水曜日のダウンタウン』の印籠検証[編集]

2016年2月3日放送の『水曜日のダウンタウン』で、「水戸なら今でも印籠の効果あるんじゃないか説」が検証された。水戸駅前で黄門様に扮した俳優が若者に印籠を見せても従わない様子が放送され、水戸市側が内容に抗議したと報じられた。黄門様が地元にとってどれだけ大切なブランドかを示す出来事でもあった。

「ヒゲなし黄門」論争[編集]

石坂浩二のヒゲなし黄門は、放送開始当時ちょっとした論争になった。史実重視の意欲作と評価する声がある一方で、「黄門様といえば白ひげ」という視聴者のイメージは根強く、のちにひげが復活したことで「お約束の強さ」を改めて印象づけた。

余談[編集]

  • 光圀は日本で初めてラーメンを食べた人物という説が広く知られていたが、より古い室町時代の記録に中華麺の記述が見つかり、現在では否定されている。光圀が明の儒学者・朱舜水から教わった麺料理は話題になり続けている。
  • 地元の茨城県水戸市では毎年「水戸黄門まつり」が開かれ、黄門様・助さん・格さんに扮した一行が街を練り歩く。
  • 2026年1月、俳優の西岡徳馬が里見浩太朗・神田正輝との3ショットをInstagramに投稿し、「里見浩太朗さんの黄門様」と自分たちを助さん・格さんに見立てて話題になった。
  • 2025年のスペシャルでは、悪役側に史実で光圀に手討ちにされた藤井紋太夫を登場させるなど、史実の小ネタが随所に仕込まれている。
  • 光圀は隠居後、現在の茨城県常陸太田市にある西山荘(西山御殿)で晩年を過ごした。ドラマの「隠居」設定は、この史実の隠居生活がもとになっている。
  • 主題歌「ああ人生に涙あり」は、木下惠介記念館が行った木下忠司作品の人気投票で2位に入ったとされる。

外部リンク[編集]

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