石坂浩二
いしざか こうじ / Koji Ishizaka
Ishizaka_Koji_1966.jpg
1966年頃の石坂浩二(出典:日本語版ウィキペディア掲載ファイル「Ishizaka Koji 1966.jpg」、日本国内で著作権保護期間満了とされる写真)
本名 武藤兵吉(むとう へいきち)
誕生日 1941年6月20日
年齢 85歳
出身地 東京府東京市京橋区(現・東京都中央区銀座)生まれ、大田区田園調布育ち
国籍 日本
学歴 慶應義塾大学法学部法律学科卒業
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台、ナレーション、司会
ポジション 俳優、司会者、ナレーター、画家
活動期間 1958年 -
デビューアルバム 1958年 ドラマ『お源のたましい』(エキストラ)、1961年 TBS『七人の刑事』(台詞のある役での本格デビュー)
家族 元妻:浅丘ルリ子(1971年結婚、2000年離婚)、2001年に一般女性と再婚(報道)
血液型 O型
事務所 プロダクション尾木(2015年10月 - )
代表作 映画『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『獄門島』『女王蜂』『病院坂の首縊りの家』、大河ドラマ『天と地と』『元禄太平記』『草燃える』『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』、ドラマ『相棒』(甲斐峯秋役)、『白い巨塔』(2003年)
関連活動 『ウルトラQ』『ウルトラマン』ナレーション、『渡る世間は鬼ばかり』ナレーション、『開運!なんでも鑑定団』司会(1994年 - 2016年)
あだ名 兵ちゃん
その他 二科展入選(1974年 - 1985年)、プラモデル愛好団体「ろうがんず」主宰、日本プラモデル工業協同組合特別顧問、大和ミュージアム名誉館長
リンク プロダクション尾木 公式プロフィール


概要[編集]

石坂浩二(いしざか こうじ、1941年6月20日 - )とは、日本の俳優・司会者・ナレーターである。市川崑監督の映画『犬神家の一族』(1976年)で演じた金田一耕助、大河ドラマ『天と地と』の上杉謙信、『ウルトラQ』のナレーション、そして22年間務めた『開運!なんでも鑑定団』の司会で知られる。芸能界きっての博識・多趣味ぶりでも有名で、絵画・プラモデル・カレー作りなど「本業級の趣味」をいくつも抱える、昭和から令和まで現役を続ける大ベテランである。

詳細[編集]

慶應ボーイの「知的な二枚目」[編集]

東京・銀座(当時の京橋区木挽町界隈)に生まれ、田園調布で育った。幼稚園から地元の私立に通い、中学にあたる慶應義塾普通部から慶應義塾大学法学部まで一貫して慶應で学んだ、いわゆる「慶應ボーイ」。幼い頃の夢は噺家だったという。高校時代から劇団に出入りし、1958年にはドラマのエキストラとして早くもテレビに映っている。大学在学中の1961年、TBSのプロデューサー石井ふく子の紹介で『七人の刑事』に出演し、本格的なテレビデビューを果たした。同じ慶應の同期には、のちの首相・小泉純一郎がいたことも知られている。

芸名は「石坂洋次郎+鶴田浩二」[編集]

本名は武藤兵吉(むとう へいきち)。芸名「石坂浩二」は、親友の女優・大空眞弓が、好きな作家の石坂洋次郎と俳優の鶴田浩二から一字ずつ取って付けたものとされる。さらに改名を勧めた石井ふく子の「石」も掛かっているという説明もあり、なかなか凝った名前である。本名の「兵吉」から、親しい人の間では「兵ちゃん」と呼ばれる。のちに『開運!なんでも鑑定団』の初期には、本名の武藤兵吉名義でこっそり依頼人として登場したこともある。

一つの根から広がった多才ぶり[編集]

俳優として出発しながら、ナレーション、司会、作詞、脚本、絵画、模型と活動の幅を広げていった。本人はインタビューで、これらは「すべてがひとつのところから出て広がってる」と感じていると語っており、その時々に感じたもの、出しやすいものをやってきた結果だと振り返っている。テレビを「仲間」と表現し、カラー化やスロービデオの導入など、新しい技術とともに歩んできたテレビ草創期の世代でもある。1970年代前半にはTBSの人気タレント調査で3年連続1位を記録するなど、お茶の間の人気者だった。

経歴[編集]

劇団四季と若き日の大河主演[編集]

1962年にドラマ『潮騒』で初主演。1965年の大河ドラマ『太閤記』では、大学生ながら石田三成役に抜擢され、初めて大河に役付きで出演した。1967年、映画出演をきっかけに演出家・浅利慶太にスカウトされて劇団四季に入団し、演出部で浅利を補佐した。在籍中に台本・作詞を手がけた子供向けミュージカル『王子とこじき』は、退団後も長く上演され続けている。ただ同年、ドラマ出演中に倒れて胃潰瘍と診断され、劇団四季を離れることになった。

1969年には大河ドラマ『天と地と』で上杉謙信を演じ、27歳で大河初主演。同作は大河ドラマとして初めてカラーで制作された作品としても知られる。その後も1975年『元禄太平記』(柳沢吉保)、1979年『草燃える』(源頼朝、岩下志麻とのダブル主演)と主演を重ね、大河ドラマで3度主演を務めた数少ない俳優の一人となった。

金田一耕助の時代[編集]

1976年、角川映画第1作となる『犬神家の一族』で、市川崑監督のもと金田一耕助を演じた。よれよれの着物と袴、もじゃもじゃ頭をかきむしる飄々とした名探偵像は大ヒットにつながり、同作は邦画の年間配給収入で上位に入る成功を収めた。以後、東宝配給で『悪魔の手毬唄』『獄門島』(1977年)、『女王蜂』(1978年)、『病院坂の首縊りの家』(1979年)と、市川崑×石坂浩二の金田一シリーズは計5作が作られた。

2006年には、市川崑が自らの『犬神家の一族』をリメイクし、石坂が30年ぶりに金田一耕助を再演。同じ監督・同じ主演による同一作品のリメイクという珍しい形で話題になった。市川崑とは『細雪』『おはん』『ビルマの竪琴』など金田一以外でも多くの作品で組み、2008年に市川が亡くなった際には弔辞を読んでいる。

司会者・ナレーターとして[編集]

1970年代から司会業でも活躍し、フジテレビ『スター千一夜』『クイズの王様』、日本テレビ『おしゃれ』、毎日放送『世界まるごとHOWマッチ』(1983年 - 1990年)などを担当した。『HOWマッチ』では博識ぶりを存分に発揮し、「物知りの石坂さん」というイメージを全国に定着させた。

そして1994年4月に始まったテレビ東京『開運!なんでも鑑定団』では、島田紳助(のちに今田耕司)とともに司会を担当。骨董・美術品の知識を背景にした的確なコメントで番組の「品格」を支え、2016年3月まで22年にわたって出演した。

2000年代以降:重鎮としての存在感[編集]

2001年にはTBS『水戸黄門』で4代目の水戸光圀役に抜擢された。史実を意識してトレードマークのヒゲをなくすなど新しい黄門像に挑んだが、視聴者の評価は分かれ、2002年に直腸がんの手術を受けたこともあって短期間で降板している。

その後はフジテレビ版『白い巨塔』(2003年)の東貞蔵、大河ドラマ『新選組!』(2004年)の佐久間象山、『江〜姫たちの戦国〜』(2011年)の千利休、映画『日本沈没』(2006年)の首相、『沈まぬ太陽』(2009年)など、重厚な役どころで作品を引き締めた。2012年からはテレビ朝日『相棒』シリーズで、特命係の「ボス」にあたる警察庁幹部・甲斐峯秋を演じ、水谷豊演じる杉下右京と渡り合う食えない上司として長く出演している。2017年には倉本聰脚本の帯ドラマ『やすらぎの郷』で主演を務めた。

主な出演作[編集]

大河ドラマ[編集]

  • 『太閤記』(1965年):石田三成
  • 『天と地と』(1969年):上杉謙信(主演)
  • 『元禄太平記』(1975年):柳沢吉保(主演)
  • 『草燃える』(1979年):源頼朝(主演)
  • 『徳川家康』(1983年):竹之内波太郎
  • 『八代将軍吉宗』(1995年):間部詮房
  • 『元禄繚乱』(1999年):吉良上野介
  • 『新選組!』(2004年):佐久間象山
  • 『江〜姫たちの戦国〜』(2011年):千利休
  • 『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(2025年):松平武元

『べらぼう』は本人いわく10度目の大河で、『江』以来14年ぶりの出演だった。老中首座・松平武元を演じるにあたり、劇中で田沼意次から「白眉毛」と呼ばれる設定に合わせて、かつら担当に長い付け眉毛を作ってもらったという。扮装合わせでは前が見えにくくなり、少しずつ切って左右の長さを変えてバランスを取った。さらに第6回の「一本とられたのう」という台詞の場面では、駄洒落に掛けて眉毛を1本抜いて演じたと明かしている。視聴者からは「やり過ぎ」との声もあったそうだが、本人は眉毛を記念に持ち帰るつもりだと笑って語った。役については、戦のない時代を守る「保守派の親分」として捉え、田沼との対比のため手をあまり使わない古風な芝居を意識したという。主演の横浜流星演じる蔦重が活躍する同作で、幕府の重鎮として存在感を示した。

映画[編集]

  • 『犬神家の一族』(1976年/2006年):金田一耕助
  • 『悪魔の手毬唄』『獄門島』(1977年):金田一耕助
  • 『女王蜂』(1978年):金田一耕助
  • 『病院坂の首縊りの家』(1979年):金田一耕助
  • 『細雪』(1983年)、『おはん』(1984年)、『ビルマの竪琴』(1985年) ※いずれも市川崑監督
  • 『ゴジラ』(1984年):原子力発電所の職員(カメオ出演)
  • 『鹿鳴館』(1986年)
  • 『日本沈没』(2006年):首相
  • 『ラストゲーム 最後の早慶戦』(2008年):小泉信三
  • 『私は貝になりたい』(2008年):矢野中将
  • 『沈まぬ太陽』(2009年):国見正之
  • 『相棒 -劇場版III-』『相棒 -劇場版IV-』:甲斐峯秋
  • 『変な家』(2024年)
  • 『海の沈黙』(2024年):田村修三

テレビドラマ(大河以外)[編集]

  • 『七人の刑事』(1961年)
  • 『潮騒』(1962年)
  • 『ありがとう』
  • 『水戸黄門』(2001年 - 2002年):4代目水戸光圀
  • 『白い巨塔』(2003年):東貞蔵
  • 『坂の上の雲』(2009年 - 2011年):山本権兵衛
  • 『相棒』シリーズ(season11 - ):甲斐峯秋
  • 『やすらぎの郷』(2017年):菊村栄(主演)
  • 『華麗なる一族』(2021年)
  • 『ブラックペアン シーズン2』(2024年):真行寺龍太郎
  • NHKプレミアムドラマ『対決』(2026年):小山内源壱

ナレーション[編集]

司会[編集]

  • 『スター千一夜』(1970年 - 1973年、フジテレビ)
  • 『クイズの王様』(1972年 - 1974年、フジテレビ)
  • 『おしゃれ』(1976年 - 1977年、日本テレビ)
  • 『世界まるごとHOWマッチ』(1983年 - 1990年、毎日放送)
  • 『石坂浩二のスーパーアイ』(1986年 - 1987年、TBS)
  • 『開運!なんでも鑑定団』(1994年 - 2016年、テレビ東京)
  • 『極上!お宝サロン』(2016年 - 2017年、BSジャパン)

金田一耕助役[編集]

石坂浩二の金田一は、古谷一行のテレビ版と並んで「昭和の金田一像」を決定づけた存在とされる。原作の描写に近いよれよれの和装と帽子、事件の核心に迫るほど頭をかきむしる癖、どこか浮世離れしたやさしさを漂わせる飄々とした佇まいは、その後の映像化作品にも大きな影響を与えた。

市川崑のシリーズは、陰影の強い画面構成、極端なクローズアップ、明朝体の大きなタイトル文字など独特の映像美で知られ、石坂の柔らかな金田一はその冷たく美しい画面の中で観客の視点役を担っている。シリーズには草笛光子や岸惠子らが毎回のように出演し、警察側の加藤武が演じる警部の「よし、わかった!」という早合点の決め台詞も名物になった。

2006年版『犬神家の一族』では、64歳になった石坂がふたたび同じ役を演じた。年齢的に原作の若い金田一とは差があるものの、「金田一といえば石坂浩二」という観客の記憶に応えるキャスティングとして受け止められた。ちなみに金田一役を演じた俳優としては、渥美清や古谷一行、稲垣吾郎らとともに、必ず名前が挙がる一人である。

ナレーション・司会者としての顔[編集]

特撮ファンにとって石坂浩二は「円谷プロダクションの声」でもある。1966年の『ウルトラQ』では、怪奇な物語の導入と締めくくりを語るナレーションを担当し、続く『ウルトラマン』でも前半のナレーションを務めた。知的で落ち着いた語り口は、日常の裏側に不思議が潜むという同シリーズの空気を形作った要素の一つとされる。

NHK特集『シルクロード』のナレーションも名仕事として名高く、雄大な映像に石坂の声が重なる構成は多くの視聴者の記憶に残っている。さらに1990年から続くTBS系の橋田壽賀子ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』のナレーションも担当しており、ドラマの中の家族の日々を淡々と見守る「声」として長年親しまれている。

司会者としては、豊富な教養を背景にした穏やかな進行が持ち味。『開運!なんでも鑑定団』では、出品されたお宝について由来や時代背景をさらりと解説する場面が名物だった。番組には、自身の模型趣味で親しんだ小松崎茂のプラモデル箱絵の原画が大量に持ち込まれた回もあり、その際には目に見えて反応していたとファンの間で語られている。

趣味と芸術活動[編集]

絵画[編集]

油彩画への造詣が深く、専門教育は受けていないものの洋画家の東郷青児に師事した。1974年から1985年まで二科展に連続入選し、一貫して裸婦を描いてきた。29歳のとき、フジテレビから1000万円を前借りしてフランス象徴主義の画家ギュスターヴ・モローの作品を購入したという豪快な逸話があり、その返済のために番組に無償で出演したとも伝えられる。孤高の画家・牧野邦夫のコレクターとしても知られ、2004年からは横浜市青葉区で絵画教室「HEY ART CLUB」をボランティア講師として主宰している。1976年の猪木対アリ戦の広告ポスターを描き、アントニオ猪木の入場ガウンをデザインしたという意外な仕事もある。

プラモデル[編集]

芸能界屈指のモデラーとして有名で、自宅には模型専用の製作スペースがあり、特に飛行機のプラモデルをよく作る。日本プラモデル工業協同組合の特別顧問を務め、2009年2月には団塊の世代を中心とした大人のプラモデル愛好団体「ろうがんず」を結成した。「老眼」に掛けたネーミングで、同世代に「もう一度プラモを作ろう」と呼びかける活動である。毎年の静岡ホビーショーでは「ろうがんず」のブースが出展されており、2026年の展示もテレビ愛知のYouTube番組で紹介された。その中で石坂は、プラスチック使用の見直しやシンナーの入手難など、業界が曲がり角にあることへの懸念を示しつつも、ものづくりに目覚める子どもが増えることへの期待を語っている。

クルマ・カレー・その他[編集]

クルマ好きとしても知られ、過去にはランボルギーニのイオタやカウンタック、ランチア・ストラトス(手元にあったのは約1か月)などを所有し、現在の愛車は黄色のフェラーリ458イタリアと紹介されている。料理ではカレー作りが得意で、独自にスパイスを調合して複数の味を作り、共演者に振る舞うこともある。カレーパン好きが高じて本まで出している。

社会活動[編集]

2015年には広島県呉市の大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)の名誉館長に委嘱された。これに先立ち、『鑑定団』に出品された戦艦長門の軍艦旗を1000万円で自ら購入し、同館に寄贈している。ほかにも神奈川県交通安全協会会長(2011年 - )、横浜観光コンベンション・ビューロー理事長(2006年 - 2010年)などを務めた。2008年の慶應義塾創立150年記念式典では司会を担当した。

私生活[編集]

劇団四季時代には女優・加賀まりことの交際が報じられた。1971年に女優の浅丘ルリ子と結婚し、芸能界を代表するビッグカップルとして注目を集めたが、長年の別居がたびたび報じられ、2000年12月に離婚した。離婚理由は、女優である浅丘に自身の母親の介護をさせるわけにはいかないという点だったと説明されている。会見では愛人問題を否定した。

離婚から5日後の2001年1月1日に、かねて母親の世話をしていた一般女性と再婚したことが同月に報じられた。浅丘は再婚を電話で知らされ、祝福の言葉を贈ったとされる。

2017年の『やすらぎの郷』では浅丘ルリ子、加賀まりことの共演が実現し、元夫婦の共演は1986年の映画『鹿鳴館』以来31年ぶりとして話題になった。制作発表で浅丘は、台本に「長く抱き合う」と書かれた場面について、16年ぶりの再会だったと冗談交じりに語っている。

健康面では、2002年に直腸がんの手術を受け『水戸黄門』を降板したことが公表されている。

現在の活動(2026年)[編集]

2026年11月4日時点でも、85歳にして第一線で活動を続けている。

  • 3月:『相棒 season24』最終回スペシャルに甲斐峯秋役で出演。
  • 4月:NHK BSのプレミアムドラマ『対決』(月村了衛原作、松本若菜・鈴木保奈美主演)に、医大の元学部長・小山内源壱役で出演。本人は「周囲からは変人と見られているだろうが、変人ではない普通の人として演じたい」という趣旨のコメントを寄せた。
  • 6月・8月:作曲家・大野雄二の特集ラジオ番組(NHK FM、TOKYO FM)に出演。
  • 10月8日:テレビ朝日『林修の今知りたいでしょ!』にスペシャルゲストとして出演。ダイエット経験は「ないです」と即答し、昔の服がそのまま着られると明かしてスタジオを驚かせた。放送後はSNSで「85歳に見えない」「上品でかっこいい」といった反響が相次いだ。
  • 10月21日:『相棒 season25』がスタートし、引き続き甲斐峯秋役で出演している。

炎上とバズ[編集]

『鑑定団』降板騒動[編集]

2016年1月、『開運!なんでも鑑定団』の司会を3月いっぱいで降板すると報じられた。報道では、数年前の酒席でのトラブルをきっかけに番組の制作会社側のチーフプロデューサーと確執が生じ、約2年にわたって石坂の発言が編集段階でほぼカットされていたとされ、「司会なのに喋っていない」とネットで大きな話題になった。テレビ局のあり方を論じるコラムが出るなど、芸能ニュースの枠を超えて議論を呼んだ。

石坂本人は2017年に出版した自伝『翔ぶ夢、生きる力』で、視聴者に違和感を持たせたことについて「スタジオの雰囲気にも問題があったのでは」と記した。同年のテレビインタビューでは、降板にはある程度の本当の理由があるとしつつ、それは発言カットの件とは関係がなく、外には一切出ていないと語っている。つまり、降板の真相は本人の口からも明かされていない。その後、2019年4月30日の放送ではゲストとして同番組に出演した。

「眉毛」でバズる大河[編集]

2025年の『べらぼう』では、松平武元の長く白い眉毛がSNSで大反響を呼んだ。前述のとおり眉毛を1本抜く駄洒落演技まで仕込んでいたことが明かされ、80代半ばのベテランの遊び心が改めて注目された。

余談[編集]

  • 1984年の『ゴジラ』には、本人の強い希望で「ゴジラを最初に目撃する原子力発電所の職員」としてカメオ出演している。
  • 『天晴れ夜十郎』(1996年)と『江〜姫たちの戦国〜』の千利休役では、役のために頭を丸刈りにした。
  • 外祖父は元横浜市長の平沼亮三。
  • 『鑑定団』の初期には本名の武藤兵吉名義でこっそり依頼人として出品し、19世紀ドイツ製のオルゴールに1550万円の評価額がついた。
  • 2006年の『犬神家の一族』リメイク時、石坂は64歳。30年越しに同じ探偵を同じ監督のもとで演じた俳優は非常に珍しい。
  • 1969年、NHKドラマ『明治三十八年秋』で、テレビで初めてスロービデオが使われた場面に出演したという「テレビ史の一コマ」も持つ。

外部リンク[編集]

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