| 古谷一行 ふるや いっこう / Ikko Furuya | |
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![]() 金田一耕助シリーズ「霧の山荘」(1985年)での古谷一行(出典:デイリースポーツ 2022年9月3日付記事、写真提供TBS) | |
| 本名 | 古谷一行(ふるや かずゆき) |
| 誕生日 | 1944年1月2日 |
| 死亡日 | 2022年8月23日 |
| 死亡年齢 | 78歳(数え年79) |
| 出身地 | 東京都 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 東京都立板橋高等学校、中央大学法学部 |
| ジャンル | テレビドラマ、映画、舞台、歌 |
| 活動期間 | 1960年代後半 - 2021年 |
| デビューアルバム | 1974年『古谷一行ファースト・アルバム〜言い忘れたさよなら』 |
| 家族 | 長男:降谷建志(Dragon Ash)、孫:降谷凪(俳優) |
| 事務所 | フロム・ファーストプロダクション |
| 代表作 | 『横溝正史シリーズ』『名探偵・金田一耕助シリーズ』『金田一耕助の冒険』『混浴露天風呂連続殺人』『金曜日の妻たちへ』『積木くずし』『オレゴンから愛』『失楽園』(テレビドラマ版) |
| 関連活動 | 歌手(アルバム多数) |
| その他 | 劇団俳優座養成所第16期出身 |
概要[編集]
古谷一行(ふるや いっこう、本名:ふるや かずゆき、1944年1月2日 - 2022年8月23日)とは、日本の俳優である。俳優座養成所出身で、1977年から約30年にわたってテレビドラマで名探偵・金田一耕助を演じ続け、「テレビの金田一といえばこの人」と言われた。『金曜日の妻たちへ』や『失楽園』では大人の色気を漂わせる二枚目としても一時代を築き、ロックバンドDragon Ashの降谷建志の父としても知られる。
詳細[編集]
「テレビの金田一」[編集]
古谷一行の名前を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、よれよれの着物と袴、もじゃもじゃ頭にお釜帽という姿の金田一耕助だろう。1976年に市川崑監督・石坂浩二主演の映画『犬神家の一族』が大ヒットして横溝ブームが起きると、翌1977年に毎日放送制作・TBS系で連続ドラマ『横溝正史シリーズ』がスタート。主演に抜擢されたのが、当時30代前半でまだ大きな役に恵まれていなかった古谷だった。
このドラマ版がヒットし、のちに2時間ドラマ『名探偵・金田一耕助シリーズ』として2005年まで続いたことで、古谷は約30年、計40本以上の作品で金田一を演じた。映画の石坂浩二と並ぶ「もう一人の定番金田一」として、昭和から平成の茶の間に定着した存在である。
二枚目俳優としての顔[編集]
古谷のもう一つの顔が、大人の恋愛ドラマの主人公である。1983年のTBS系『金曜日の妻たちへ』では、郊外の新興住宅地に暮らす中年夫婦たちの揺れる関係を描く群像劇の中心人物・中原宏を演じた。いわゆる「金妻(キンツマ)」は社会現象となり、「金妻」という言葉自体が流行語のように使われた。
1997年には渡辺淳一のベストセラー小説をドラマ化した『失楽園』(読売テレビ制作・日本テレビ系)で主人公・久木祥一郎を演じ、川島なお美と大胆なラブシーンを演じて大きな話題を呼んだ。同年の映画版(主演:役所広司)と並んで「失楽園ブーム」を盛り上げた一方の主役である。
2時間ドラマの帝王[編集]
金田一シリーズと並ぶもう一つのライフワークが、テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」の『混浴露天風呂連続殺人』シリーズである。1982年から2007年まで、木の実ナナとのコンビで全26作が作られ、温泉地を舞台にした人気シリーズとなった。さらに1985年から2003年にかけては「松本清張スペシャル」などで清張作品に計17本出演しており、2時間サスペンスの全盛期を支えた俳優の一人と言える。
晩年と死去[編集]
2011年に肺がんを公表して手術を受け、翌年に仕事に復帰。その後も『相棒』『ドクターX』などの人気ドラマや、映画・舞台に出演し続けたが、晩年は病気と闘いながらの活動となった。2022年8月23日、東京都内の病院で死去。78歳。訃報は9月2日に所属事務所から発表され、葬儀は家族のみで執り行われた。
経歴[編集]
生い立ちと俳優座時代[編集]
1944年1月2日、東京・大塚の写真館の長男として生まれる。東京都立板橋高等学校を経て中央大学法学部に進学し、当初は弁護士を目指していたという。しかし大学在学中に劇団俳優座の養成所(第16期)に入り、演技の道へ進むことになる。1967年に俳優座へ入団した。
下積みの1960〜70年代[編集]
1969年の映画『新選組』で映画に出演し、1970年には石原裕次郎率いる石原プロモーション製作の映画『富士山頂』にも出演している。とはいえ、30歳を過ぎるまで目立った当たり役には恵まれなかった。1974年にはアルバム『古谷一行ファースト・アルバム〜言い忘れたさよなら』を出すなど、歌手としての活動も並行して行っていた。
金田一耕助でブレイク(1977年〜)[編集]
1977年4月、TBS系土曜22時枠で『横溝正史シリーズI』が放送開始。毎日放送と角川春樹事務所の企画で、東宝、大映京都、映像京都などが共同製作に参加した本格的なシリーズだった。第1作は映画と同じく『犬神家の一族』で、古谷はこれが初の金田一役となった。翌1978年には第2シリーズも放送され、2シリーズで計15作品が作られた。
1979年には角川映画の『金田一耕助の冒険』で、映画でも金田一を演じている。古谷がスクリーンで金田一を演じたのはこの1本だけで、横溝作品や当時の流行をパロディにしたコメディ色の強い異色作だった。
「金妻」と2時間ドラマ全盛期(1980年代〜)[編集]
1982年に『混浴露天風呂連続殺人』シリーズがスタート。1983年には『名探偵・金田一耕助シリーズ』が2時間ドラマとして再開し、同年『金曜日の妻たちへ』と『積木くずし〜親と子の200日戦争〜』が相次いでヒットした。とくに『積木くずし』は最高視聴率45.3%を記録したとされる。1984年からフジテレビ系で放送された『オレゴンから愛』では、木の実ナナと夫婦役を演じ、アメリカ・オレゴン州への移住を描く家族ドラマとして親しまれた。
円熟期(1990年代〜2000年代)[編集]
1990年代も金田一シリーズと『混浴露天風呂連続殺人』を軸に、2時間ドラマの主役を数多く務めた。1997年の『失楽園』は、50代になった古谷の「大人の色気」を改めて印象づけた。2003年には映画『手紙』で企画・主演を務め、長男の降谷建志とも共演している。2005年、『名探偵・金田一耕助シリーズ』は第32作『神隠し真珠郎』で幕を閉じた。
闘病と晩年(2010年代〜)[編集]
2011年に肺がんを公表し手術を受け、2012年に復帰。その後、脳への転移が見つかり放射線治療を受けたことも伝えられている。それでも『相棒』『ドクターX』『剣客商売』『執事 西園寺の名推理』などに出演し、2019年にはNEWSの加藤シゲアキが金田一を演じたフジテレビのスペシャルドラマ『悪魔の手毬唄〜金田一耕助、ふたたび〜』に磯川常次郎役で出演。かつての金田一俳優が新世代の金田一を見守る配役として、ファンを喜ばせた。同年には福山雅治主演の映画『マチネの終わりに』にも出演している。
2020年には急性胃潰瘍で救急搬送されたが回復。最後の出演作は2021年1月に放送されたNHKの『立花登青春手控え』と、同月公開の映画『おもいで写眞』となった。最後の舞台は2020年の『音楽劇 アルトゥロ・ウイの興隆』である。
2022年8月下旬、体調を崩して入院し、8月23日に死去した。死後、長男の降谷建志が、父が胃がんで胃を全摘していたことなどを明かしている。
金田一耕助シリーズ[編集]
横溝正史シリーズI・II(1977年・1978年)[編集]
TBS系土曜22時から放送された連続ドラマ。1作品を数話かけて描く形式で、原作の重厚な世界をじっくり映像化した。第1シリーズは『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『三つ首塔』『悪魔が来りて笛を吹く』『獄門島』『悪魔の手毬唄』の6作品、第2シリーズは『八つ墓村』『真珠郎』『仮面舞踏会』『不死蝶』『夜歩く』『女王蜂』『黒猫亭事件』『仮面劇場』『迷路荘の惨劇』の9作品。第1シリーズの最高視聴率は40%を超えたとされ、テレビ版金田一の人気を決定づけた。
古谷の金田一は、毎日放送のプロデューサーの意向で「原作に書かれた通りの姿」が採用された。第2話以降の冒頭では古谷自身の「ぼく、金田一耕助です」という語りで前回までのあらすじを説明する演出があり、これが番組の名物になった。第1シリーズは比較的原作に忠実で、第2シリーズは舞台設定や人物像を大きく変えた回も多い。
名探偵・金田一耕助シリーズ(1983年〜2005年)[編集]
1983年からTBS系の2時間ドラマとして再スタートしたシリーズ。当初の題名は「名探偵金田一耕助の傑作推理」で、のちのソフト化の際に現在の名称になった。放送枠は「ザ・サスペンス」から「月曜ドラマスペシャル」「月曜ミステリー劇場」などへと移りながら、全32本が作られた。
連続ドラマ版で映像化した長編を避け、短編や映像化の少ない作品を多く取り上げたのが特徴で、原作の大幅なアレンジや、金田一が登場しない原作を金田一ものに作り替えた回もある。相棒の警部役は初期がハナ肇、その後名古屋章、谷啓と引き継がれた。ゆるいコメディリリーフの警部と、飄々としながら鋭い金田一の掛け合いがシリーズのお約束だった。
古谷版金田一の魅力[編集]
古谷の金田一は、フケだらけの頭をかきむしる冴えない風貌の一方で、事件の核心には鋭く迫る。見当違いの推理を自信満々に語る警部に「果たしてそうでしょうか」と返すお決まりのやり取りについて、古畑任三郎のような後の刑事ドラマにも影響したのではないかと指摘する評論もある。
また、犯人や被害者に寄り添うような温かさを感じさせる芝居も評価された。横溝作品の多くは、戦争や因習が生んだ悲劇を背景に持つ。古谷の金田一は、謎を解いても誰も救われない結末の中で、犯人の事情に静かに心を寄せる人物として描かれ、それが長寿シリーズを支えた理由の一つとされる。
歴代金田一俳優の中で[編集]
金田一耕助はこれまで多くの俳優が演じてきた。映画では片岡千恵蔵や高倉健、渥美清、石坂浩二らが、テレビでは古谷のほか稲垣吾郎や長谷川博己らが演じている。そのなかで古谷は、演じた作品数と期間の長さで群を抜く存在であり、「テレビドラマの金田一=古谷一行」というイメージを持つ世代は今も多い。金田一少年の事件簿の主人公・金田一一が「金田一耕助の孫」という設定であることもあって、古谷版の再放送を通じて金田一耕助に出会った人も少なくない。
主な出演作[編集]
テレビドラマ[編集]
- 横溝正史シリーズI・II(1977年・1978年、毎日放送・TBS系)- 金田一耕助
- 混浴露天風呂連続殺人シリーズ(1982年 - 2007年、テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」)- 左近太郎
- 名探偵・金田一耕助シリーズ(1983年 - 2005年、TBS系)- 金田一耕助
- 金曜日の妻たちへ(1983年、TBS系)- 中原宏
- 積木くずし〜親と子の200日戦争〜(1983年、TBS系)- 竹村宏
- オレゴンから愛(1984年 - 、フジテレビ系)- 宮内栄蔵
- 金曜日の妻たちへIII 恋におちて(1985年、TBS系)
- 松本清張スペシャル(1985年 - 2003年)- 『わるいやつら』ほか計12作で主演
- 失楽園(1997年、読売テレビ・日本テレビ系)- 久木祥一郎
- 霧の旗(2003年、TBS系)
- 十津川刑事の肖像 - 亀井定男
- 相棒(テレビ朝日系)- 本多篤人
- ドクターX〜外科医・大門未知子〜(テレビ朝日系)- 蜂谷宗造
- 剣客商売 - 小川宗哲
- 執事 西園寺の名推理(テレビ東京系)- 大川龍之介
- 悪魔の手毬唄〜金田一耕助、ふたたび〜(2019年、フジテレビ)- 磯川常次郎
- 立花登青春手控え(NHK)- 小牧玄庵
映画[編集]
- 新選組(1969年)
- 富士山頂(1970年)
- 金田一耕助の冒険(1979年、角川映画)- 金田一耕助
- 時代屋の女房2(1985年)
- 宣戦布告(2002年)
- 手紙(2003年)- 企画・主演
- 喰女-クイメ-(2014年)
- マチネの終わりに(2019年)
- おもいで写眞(2021年)- 遺作
舞台[編集]
- ロス:タイム:ライフ(2008年)
- 雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた(2009年)
- 奇跡のメロディ〜渡辺はま子物語〜(2010年)
- マハゴニー市の興亡(2016年)
- 音楽劇 アルトゥロ・ウイの興隆(2020年)- 最後の舞台
音楽[編集]
俳優業のかたわら歌手としてもレコードを出している。1974年の『古谷一行ファースト・アルバム〜言い忘れたさよなら』を皮切りに、『LIFE IS DANCE』(1980年)、『ITODENWA〜糸電話』(1983年)などのアルバムを発表。ベスト盤『IKKO BEST』(1981年)や『ゴールデン☆ベスト』(2004年)も出ている。息子がミュージシャンになったのは、ある意味で血筋と言えるかもしれない。
混浴露天風呂連続殺人と木の実ナナ[編集]
『混浴露天風呂連続殺人』は、古谷演じる刑事・左近太郎と、木の実ナナ演じる相棒が、全国の温泉地で起きる殺人事件を解決していく旅情ミステリー。1982年から2007年まで25年にわたって全26作が放送された。毎回のように温泉ロケが行われ、湯けむりと殺人事件という2時間ドラマの「王道」を体現したシリーズとして記憶されている。
木の実ナナとはフジテレビ系『オレゴンから愛』でも夫婦役で共演しており、公私ともに親交の深い名コンビだった。古谷の訃報に接した木の実は、所属事務所を通じて「泣き崩れて」コメントを出せない状態だと伝えられた。報道によれば、2022年7月下旬に古谷の体調不良が報じられた際に木の実が電話をかけると、古谷は元気そうな声で「今度おすしを食べに行こう」と話しており、それが2人の最後の会話になったという。
人物・エピソード[編集]
弁護士志望から俳優へ[編集]
中央大学法学部に進んだ当初は弁護士を目指していたが、俳優座養成所に入って方向転換した。法学部出身の名探偵俳優というのは、どこかできすぎた話である。若い頃は大役に恵まれず、30歳を過ぎてから金田一でブレイクした遅咲きの俳優だった。
「硬派に見えて都会的」[編集]
『金曜日の妻たちへ』のプロデューサー・飯島敏宏は、作品の成功は古谷が主役だったからだと語り、古谷について、外見は無骨に見えるが内面は繊細で都会的な人物だったと評していたという。金田一の野暮ったさと、金妻・失楽園の色気という、一見正反対のイメージを両立させたのは、そうした二面性ゆえとも言える。
父としての古谷一行[編集]
長男はDragon Ashのボーカル・降谷建志。本名の読み「ふるや」を、息子は「降谷」という表記で名乗っている。1999年にはDragon Ashのアルバム『Viva La Revolution』のテレビCMに父として出演したこともある。2003年の映画『手紙』では親子共演も果たした。
古谷の死後、降谷は自身のSNSで、最後まで病と闘い抜いた父をたたえ、生まれ変わっても俳優とバンドマンの親子でいたいという趣旨の追悼メッセージを投稿。孫の降谷凪を含めた3世代の写真も添えられ、大きな反響を呼んだ。2022年11月14日に都内で開かれたお別れの会では、降谷が開会のあいさつを務め、子どもの頃は父が仕事で家を空けることが多く寂しかったと振り返りつつ、俳優として尊敬しているので台本をモチーフにした祭壇にしたと語った。
義理の娘に残した言葉[編集]
降谷建志の妻(当時)だったタレント・女優のMEGUMIは、2023年2月に出演したテレビ朝日系『徹子の部屋』で古谷を偲んで涙を見せた。仕事が減って悩んでいた時期に相談すると、古谷は「誰かが必ず見ているから、一つひとつの役に全力を尽くせば次につながる」という趣旨の言葉をかけたといい、MEGUMIはそれを今も大切にしていると語った。両親の離婚で父親像を知らずに育った彼女にとって、古谷は「お父さんとはこういうものか」と教えてくれた存在だったという。
評価・反響[編集]
訃報が伝えられた2022年9月2日には、金田一耕助、金妻、失楽園、混浴露天風呂と、世代ごとに異なる代表作がSNS上で次々に挙げられ、昭和から平成のテレビを彩った名優の死を惜しむ声が広がった。共演者からも追悼が相次ぎ、『金曜日の妻たちへ』で共演した小川知子は「大人の男でした」と振り返った。
お別れの会には映画・テレビ関係者ら約300人が参列。祭壇には約3,000本の花が使われ、台本を開いたようなデザインの祭壇から、古谷の出演映像が大型スクリーンへとあふれ出す演出がなされた。大河ドラマ『秀吉』で共演した内藤剛志をはじめ、石野真子、羽田美智子、YOU、南海キャンディーズの山崎静代らも参列した。
評論家やファンの間では、古谷の金田一を「テレビ版金田一の決定版」とする声が今も根強い。CS放送などでシリーズが再放送されると、SNSでは「やっぱり金田一は古谷一行」といった感想が見られる。
炎上とバズ[編集]
- 2006年、ある女性タレントから不倫関係を暴露され、ワイドショーをにぎわせた。古谷は間を置かずに会見を開いて謝罪し、その潔い対応がかえって話題になったとも言われる。
- 死去が報じられた2022年9月には、降谷建志が投稿した追悼メッセージと3世代写真が拡散され、「イカした俳優とイカしたバンドマンの親子」という言葉が多くの人の心を打った。
余談[編集]
- 『横溝正史シリーズI』の『犬神家の一族』は、映画版の翌年に作られたテレビ版。映画との見比べは横溝ファンの定番の楽しみ方になっている。
- 横溝正史シリーズには大映京都や映像京都といった京都の撮影所系の制作会社が参加しており、第2シリーズには三船敏郎の三船プロダクションも参加した。
- 映画『金田一耕助の冒険』では、金田一がローラースケートをしたり、富士急ハイランドのジェットコースターに乗ったりするなど、パロディ満載のはじけた金田一を見られる。坂上二郎も出演している。
- 2019年の『悪魔の手毬唄〜金田一耕助、ふたたび〜』では、かつて自身が金田一として共に事件を追った岡山県警の磯川警部側を演じるという、ファンにはたまらない「世代交代」の配役が実現した。
- 本名の「一行」は「かずゆき」と読むが、芸名では「いっこう」と音読みにしている。
- 孫の降谷凪も俳優として活動しており、親子3代でエンタメの世界に関わる一家となった。
