戦場のメリークリスマス

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戦場のメリークリスマス
Merry Christmas, Mr. Lawrence(英題)/Furyo(仏題)
監督 大島渚
製作 ジェレミー・トーマス
脚本 大島渚
ポール・マイヤーズバーグ
原作 ローレンス・ヴァン・デル・ポスト『影の獄にて』(「影さす牢格子」「種子と蒔く者」)
出演 デヴィッド・ボウイ
トム・コンティ
坂本龍一
ビートたけし(北野武)
ジャック・トンプソン
内田裕也
ジョニー大倉
撮影 成島東一郎
音楽 坂本龍一
ジャンル 戦争ドラマ
撮影期間 1982年8月 - 1982年秋(クック諸島ラロトンガ島、ニュージーランド・オークランド)
制作会社 大島渚プロダクション、レコーデッド・ピクチャー・カンパニー ほか
配給 1983年:松竹富士
2021年 4K修復版:アンプラグド
フォーマット カラー、35mm
劇場公開 1983年5月28日(日本)
2021年4月16日(4K修復版)
配信 Amazonプライム・ビデオ、U-NEXT、FOD ほか
上映時間 123分
興行収入 配給収入 約9億9000万円(日本)
言語 英語、日本語



概要[編集]

戦場のメリークリスマス(せんじょうのメリークリスマス、英題:Merry Christmas, Mr. Lawrence)とは、1983年に公開された大島渚監督の日英合作映画である。1942年のジャワ島の日本軍俘虜収容所を舞台に、日本の軍人と英国人捕虜の奇妙な心の交流を描いた。戦争映画なのに戦闘シーンが一度も出てこない異色作で、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし(北野武)という本業が俳優ではない3人の起用と、坂本が作曲したテーマ曲で今も語り継がれている。通称は「戦メリ」。

詳細[編集]

戦闘シーンゼロの戦争映画[編集]

舞台は太平洋戦争中、日本軍が占領したジャワ島(現在のインドネシア)の俘虜収容所。銃撃戦も空襲も描かれず、カメラは最後まで収容所の内側にとどまる。描かれるのは、「恥」や「死」についての考え方がまったく違う日本人と西洋人が、同じ柵の中でぶつかり合い、すれ違い、それでも相手に惹かれていく姿だ。英国アカデミー賞作曲賞を受けた音楽、カンヌでの話題、そしてラストのひと言の強烈さが合わさり、公開から40年以上たってもファンを増やし続けている。

ロックスター、テクノの旗手、漫才師[編集]

キャスティングは当時から「ありえない」と言われた。英国人捕虜セリアズを演じたのは世界的ロックスターのデヴィッド・ボウイ。収容所長ヨノイ大尉はYMOで人気絶頂だった坂本龍一、粗暴な軍曹ハラは漫才ブームで茶の間の顔になっていたビートたけし。さらに拘禁所長役に内田裕也、朝鮮人軍属カネモト役にジョニー大倉、憲兵中尉役にフォーク歌手の三上寛とロック畑の人材が並ぶ。プロの俳優を避けて異業種の人間を使う大島の手法が、もっとも大胆に発揮された1本である。

大島渚最大のヒット作[編集]

本作は大島のフィルモグラフィーの中で、もっとも多くの観客を集めた作品とされる。重いテーマのため資金集めには苦労したが、公開後は関係者の予想を上回るヒットとなり、日本での配給収入は約9億9000万円に達した。フランスでは150万人超が観たとされ、仏題「Furyo」(俘虜)として欧州でも根強い人気を持つ。2021年には4K修復版が劇場公開され、2023年には坂本の死去を受けて追悼上映も行われた。

「戦メリ」という略称[編集]

「戦メリ」という略称は公開当時から使われ、主題曲そのものを指す言葉としても定着した。ピアノ教室の発表会、テレビのクリスマス特集、駅ピアノの演奏動画などで耳にする機会が多く、映画を観たことがない人でもイントロの数音でそれと分かる。映画と曲が別々の人気を持って一人歩きしている、珍しいタイプの作品だ。

あらすじ[編集]

1942年、ジャワ島の日本軍俘虜収容所。朝鮮人軍属カネモトがオランダ人捕虜デ・ヨンに暴行する事件が起き、日本語を話せる英国陸軍中佐ジョン・ロレンスは、粗暴な軍曹ハラ・ゲンゴとともにその後始末に立ち会うことになる。日本人の価値観を知るロレンスと、ハラの間には、敵同士でありながら奇妙な友情が芽生えていく。

一方、収容所長のヨノイ大尉は、軍律会議にかけられた英国陸軍少佐ジャック・セリアズを見て強く心を揺さぶられる。セリアズはヨノイの収容所に移され、反抗的な態度で日本軍の規律をかき乱していく。ヨノイはセリアズに惹かれる自分を持て余し、捕虜たちへの締めつけを強めていく。

セリアズの心には、少年時代に弟を守ってやれなかったという深い後悔があった。ある日、捕虜の代表ヒックスリーを処刑しようとするヨノイの前に、セリアズが歩み出て、ヨノイの両頬に口づけをする。動揺したヨノイはその場で倒れ、事件の後、セリアズは首から下を砂に埋められる罰を受ける。

時は流れて1946年。戦争は終わり、立場は逆転した。戦犯として死刑を翌日に控えたハラのもとを、ロレンスが訪ねる。かつて酔ったハラが口にした言葉を思い出させるように、ハラは笑顔で「メリークリスマス、ミスター・ロレンス」と呼びかける。この顔のアップが、映画史に残るラストシーンとなった。

登場人物とキャスト[編集]

  • ジャック・セリアズ(演:デヴィッド・ボウイ) - 英国陸軍少佐。南アフリカ出身の反骨の軍人で、日本軍の秩序を挑発し続ける。少年時代の弟との記憶に苦しんでいる。
  • ジョン・ロレンス(演:トム・コンティ) - 英国陸軍中佐。日本に住んだ経験があり日本語を話せる。日本と西洋の間に立つ通訳者的な存在で、原作者ヴァン・デル・ポスト自身がモデルとされる。
  • ヨノイ大尉(演:坂本龍一) - 収容所長。剣道を嗜む生真面目な青年将校で、二・二六事件に加われなかった負い目を抱える。セリアズに惹かれていく。
  • ハラ・ゲンゴ軍曹(演:ビートたけし) - 叩き上げの軍曹。乱暴だが情に厚い一面があり、クリスマスの夜に酔って思いがけない計らいをする。
  • ヒックスリー(演:ジャック・トンプソン) - 英国空軍大佐で捕虜の代表。ヨノイと対立する。
  • 拘禁所長(演:内田裕也)
  • イトウ憲兵中尉(演:三上寛)
  • ゴンドウ大尉(演:室田日出男)
  • 軍律会議通訳(演:戸浦六宏)
  • フジムラ軍律会議審判長(演:金田龍之介)
  • イワタ法務中尉(演:内藤剛志)
  • ヤジマ一等兵(演:本間優二)
  • カネモト(演:ジョニー大倉) - 朝鮮人軍属。物語の発端となる事件を起こす。
  • デ・ヨン(演:アリステア・ブラウニング)
  • セリアズの弟(演:ジェームズ・マルコム)

制作[編集]

原作と企画[編集]

原作は南アフリカ出身の英国人作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストの短編集『影の獄にて』に収められた「影さす牢格子」と「種子と蒔く者」。ヴァン・デル・ポスト自身、第二次世界大戦中にジャワで日本軍の捕虜となった経験を持ち、その体験が下敷きになっている。大島はこの作品の映画化を1978年ごろから構想した。脚本は大島と英国の脚本家ポール・マイヤーズバーグの共同執筆である。

当初、資金集めは難航した。松竹は一時全額出資の意向を示したものの、のちに配給のみの関与を希望したとされる。そこへ英国の若手プロデューサー、ジェレミー・トーマスが参加して資金の目処が立ったが、その条件の一つが撮影をニュージーランド領で行うことだった。日本側ではテレビ朝日が製作に加わり、同局が出資した映画の第1作となった。

幻のキャスティング[編集]

セリアズ役に大島が最初に考えていたのはロバート・レッドフォードだったが、断られたとされる。その後、ブロードウェイの舞台『エレファント・マン』に出演していたデヴィッド・ボウイを大島が観て、起用が決まった。ロレンス役もジェレミー・アイアンズが候補に挙がったが辞退し、トム・コンティに落ち着いた。

日本側も紆余曲折があった。ハラ軍曹の本命は緒形拳だったが、1982年のNHK大河ドラマ『峠の群像』で大石内蔵助を演じることになり実現しなかった。たけし本人は後年、勝新太郎の名も候補に挙がっていたと語っている。ヨノイ役には三浦友和らの名前が挙がっていたとされ、最終的に大島は写真集を見ただけの坂本龍一を、会わないまま候補に据えたという話が伝わる。

ラロトンガ島での撮影[編集]

撮影は1982年8月23日、南太平洋のクック諸島ラロトンガ島でクランクインし、9月20日に同島での撮影を終えた。島には大きなホテルが1軒しかなく、キャストとスタッフは同じホテルに泊まり、夕食のビュッフェも一緒だった。夜にはボウイがギターを弾いて歌い、坂本がドラムを叩くセッションがあったとも伝えられる。その後、ニュージーランド・オークランドに移り、旧オークランド駅舎やマウント・イーデン刑務所、少年時代の寄宿学校の場面ではキングス・カレッジなどが使われた。

大島はラッシュ(撮影済みフィルムの試写)をほとんど見ず、フィルムは島から日本へそのまま送られたとボウイは振り返っている。帰国後、編集者はわずか数日でラフカットを仕上げた。巨大な収容所のセットが組まれたものの、その大部分は画面に映らなかったという。

監督と「素人」俳優たち[編集]

大島は現場で怒鳴ることで有名だったが、坂本とたけしは撮影前に2人で大島に会い、「怒鳴るなら帰る、自分たちは役者ではない」と伝えたとたけしは語っている。ボウイによれば、大島は日本人俳優には細かく演技をつけた一方、西洋の俳優には「君たちのやり方でやってくれ」と任せたという。坂本は台本をほとんど覚えずに現場入りし、たけしは自身の演技に自覚的だったため、のちに大量のアフレコを行うことになったとされる。ヨノイが傷病兵に向かって叫ぶ場面は、坂本のアドリブを大島が気に入って採用したものだと伝えられている。

音楽[編集]

「Merry Christmas Mr. Lawrence」[編集]

大島から出演を依頼された坂本は、「音楽もやらせてくれるなら」と条件を出し、大島はその場で快諾したとされる。これが坂本にとって初めての本格的な映画音楽となった。坂本はプロデューサーのジェレミー・トーマスに映画音楽の作り方を尋ね、『市民ケーン』を観るよう勧められたという逸話もある。

西洋と日本の価値観の衝突を描く映画にふさわしく、坂本はシンセサイザーを使い、東洋的とも西洋的とも言い切れない不思議な響きを作り上げた。ガムランを思わせる金属的な音色と、切ないメロディーの組み合わせは一度聴いたら忘れられない。この音楽で坂本は英国アカデミー賞作曲賞と毎日映画コンクール音楽賞を受賞した。かつて坂本が学生時代に批判したこともある武満徹も、この音楽を高く評価したとされる。

「禁じられた色彩」[編集]

英国のバンド、ジャパンのボーカルだったデヴィッド・シルヴィアンが、テーマ曲のメロディーに歌詞をつけたのが「Forbidden Colours(禁じられた色彩)」である。タイトルは三島由紀夫の小説『禁色』にちなむ。インストゥルメンタル版と歌入り版はそれぞれシングルとして発売され、歌入り版は英国のチャートでもヒットした。サウンドトラック盤は1983年5月に日本で発売され、2013年には30周年記念盤も出ている。

ピアノ曲として独り立ち[編集]

坂本はその後もこの曲をピアノソロやトリオなど様々な編成で演奏し続け、コンサートの定番曲になった。映画を離れても演奏される機会が多く、ピアノ学習者の憧れの曲、クリスマスシーズンの定番BGMとしても広く知られている。ニコニコ動画やYouTubeには「弾いてみた」動画が数多く投稿されている。

評価・反響[編集]

カンヌと国内の評価[編集]

本作は1983年5月の第36回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、グランプリ(パルム・ドール)の最有力とも言われた。しかし受賞したのは今村昌平監督の『楢山節考』だった。奇しくもその主演は、ハラ役を逃した緒形拳である。たけしはこの結果を大いに悔しがったとされ、のちに受賞を見込んだ報道の空振りなどを番組でネタにしている。

国内では毎日映画コンクールで日本映画大賞・監督賞・脚本賞などを受賞。海外の批評は賛否が分かれ、米ニューヨーク・タイムズはボウイの存在感を称えつつ、日本人俳優の英語の台詞には不利な面があると指摘した。一方で黒澤明が好きな映画の一つに挙げたとされるほか、クリストファー・ノーランもクライテリオン・コレクションの作品から本作を愛好作品に選んでいる。

「戦メリ少女」現象[編集]

公開当時、ボウイと坂本の美しさに魅了された若い女性ファンが劇場に詰めかけ、「戦メリ少女」と呼ばれる現象が起きたとされる。ヨノイとセリアズの関係は同性愛的な緊張をはらんでいると解釈されることが多く、のちのBL文化の文脈で語られることもある。

テレビ放送[編集]

テレビ朝日では1984年12月23日に放送され、ビデオリサーチ調べで23.6%という高視聴率を記録した。翌1985年12月22日の再放送でも15.1%を取っており、「クリスマスに観る映画」というイメージを日本に根付かせた。

北野武の原点[編集]

たけしは、大島の強烈な熱量に触れて「映画監督とはこんなに面白いものか」と感じたことが、のちに北野武として監督業に挑むきっかけになったと語っている。1989年に『その男、凶暴につき』で監督デビューしたたけしは、のちに『HANA-BI』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を獲得する。戦メリは、世界の「キタノ」の出発点でもあった。

4K修復版と再上映[編集]

2021年4月16日、『戦場のメリークリスマス 4K修復版』がヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開された。同月30日には『愛のコリーダ 修復版』も続き、両作がデジタル素材として修復されるのはこれが初めてだった。大島作品が2023年に国の機関に収蔵されることになったため、「最後の全国規模のロードショー」と銘打たれていた。予告編には、大島を敬愛する海外の映画作家たちのコメントも寄せられた。

配給のアンプラグドが持つ上映権は2023年3月末までで、2023年1月から3月にかけては「リベンジ上映」も行われた。このとき舞台挨拶に立ったビートきよしは、自分もたけしとともに出演予定で、丸刈りにしてラロトンガ島まで行ったのに雨続きで撮影できず、そのまま帰国したという秘話を明かしている。

2023年3月28日に坂本龍一が亡くなると、全国の映画館やファンから追悼上映を求める声が相次ぎ、大島渚プロダクションと坂本の事務所の協力で、同年5月26日から期間限定の「追悼ロードショー」が実施された。また同年4月から5月にかけて、東京・京橋の国立映画アーカイブで「没後10年 映画監督 大島渚」特集が開かれ、本作も上映された。2013年にはヴェネツィア国際映画祭のクラシック部門でも上映されている。

放送・配信[編集]

日本では、2026年11月時点の配信検索サイトの情報によると、Amazonプライム・ビデオ、U-NEXT、FODなどで見放題作品として配信されているほか、Apple TVでレンタル・購入ができる。配信のラインナップは時期によって入れ替わるため、視聴前に各サービスで確認するのが確実だ。ソフトはDVD・ブルーレイが国内で発売されており、米国ではクライテリオン・コレクションからもリリースされている。

炎上とバズ[編集]

撮影中の1982年、照明スタッフの一人が現地で行方不明になる出来事があり、空港での大島の発言が一部で批判された。この件は遺族が大島を提訴する事態にまで発展したと報じられているが、行方は分からないままとされる。

一方の「バズ」としては、セリアズがヨノイの頬に口づけする場面が公開当時から大きな話題を呼んだ。この場面で映像が一瞬揺れてスローモーションのようになるのは、実はカメラの故障によるもので、そのまま本編に使われたという。スタッフの一人は、この作品は「神懸かり的についていた」と振り返ったと伝えられている。

余談[編集]

  • 公開日は1983年5月28日。タイトルに「クリスマス」とあるが、真夏ではなく初夏の公開だった。
  • ロレンス役のトム・コンティは同じ1983年、別の作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされている。
  • 原作者ヴァン・デル・ポストは英王室と親交が深く、のちのチャールズ国王の相談役的な存在としても知られた。
  • 大島の葬儀では、出棺の際にこの映画のテーマ曲が流れた。弔辞を読んだ坂本は、大島との初対面は、大島が戦メリの台本を抱えて自宅を訪ねてきたときだったと明かしている。
  • たけしは後年、大島が一度決めたカメラ位置を動かさず役者やセットの方を合わせようとしたため撮影に時間がかかった、と冗談交じりに語ったという話がある。
  • ボウイは翌1984年、セリアズの弟を演じたニュージーランドの少年ジェームズ・マルコムを自身のオークランド公演のステージに招き、平和の象徴として一緒に鳩を放ったとされる。
  • 大島作品には異業種キャストの系譜があり、のちの『御法度』(1999年)でもたけしを出演させ、坂本に音楽を任せており、藤竜也や新人の松田龍平らと組んでいる。大島の盟友的存在だった若松孝二とは、葬儀の挨拶でも並べて語られた。

外部リンク[編集]

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