北野武
きたの たけし / Takeshi Kitano
Takeshi_Kitano_2017.jpg
2017年(出典:ウィキメディア・コモンズ、CC BY 2.0)
本名 北野武
誕生日 1947年1月18日
年齢 79歳
出身地 東京都足立区
国籍 日本
学歴 東京都立足立高等学校卒業、明治大学工学部機械工学科中退(除籍。2004年に特別卒業認定証)
ジャンル 漫才、テレビ・ラジオ司会、映画監督、俳優、作家、画家
ポジション ツービートのボケ(ネタ担当)
活動期間 1972年 -
デビューアルバム 監督デビュー作『その男、凶暴につき』(1989年)
家族 父:北野菊次郎、母:北野さき、兄:北野大(化学者・明治大学名誉教授)、長女:北野井子
身長 / 体重 168cm cm / ― kg
血液型 O型
事務所 T.Nゴン(2018年4月 - )/オフィス北野(1988年 - 2018年3月)
代表作 監督作『ソナチネ』『HANA-BI』『菊次郎の夏』『座頭市』『アウトレイジ』『首』、番組『オレたちひょうきん族』『風雲!たけし城』『ビートたけしのオールナイトニッポン』
関連活動 ツービート、たけし軍団、お笑いBIG3
あだ名 殿、たけちゃん、世界のキタノ
その他 ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(1997年『HANA-BI』)、銀獅子賞(2003年『座頭市』)、レジオン・ドヌール勲章オフィシエ(2016年)、旭日小綬章(2018年)


概要[編集]

北野武(きたの たけし、1947年1月18日 - )とは、日本のお笑い芸人・司会者・映画監督・俳優である。芸名「ビートたけし」として漫才コンビ・ツービートで漫才ブームの頂点に立ち、テレビとラジオを制覇した後、本名「北野武」の名で監督業に進出。『HANA-BI』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞し、「お茶の間の毒舌芸人」と「世界のキタノ」という二つの顔を一人で持つ、唯一無二の存在である。

詳細[編集]

二つの名前を持つ男[編集]

北野武を語るうえで欠かせないのが「名前の使い分け」だ。お笑い・テレビ・俳優として出るときは「ビートたけし」、映画監督・作家・画家として作品を出すときは本名の「北野武」。監督作品に自分が出演する場合、クレジットは「監督:北野武」「出演:ビートたけし」と別名義で並ぶ。絵画作品では「ビートたけし・北野武」と両名義を併記することもある。

同じ人間なのに、日本では「たけし」、海外では「キタノ」で通じる。日本のテレビ視聴者にとっては『TVタックル』で毒を吐くおじいちゃんでも、ヨーロッパの映画ファンにとっては寡黙で暴力的な詩を撮る巨匠。このギャップこそが北野武という人物の面白さである。

浅草から始まった芸人人生[編集]

1947年、東京・足立区で塗装職人の父・北野菊次郎と母・さきの間に生まれた。兄は化学者でのちに明治大学名誉教授となる北野大。都立足立高校を経て1965年に明治大学工学部機械工学科へ入学するが、やがて大学から足が遠のき、のちに除籍となった(2004年に明治大学から特別卒業認定証を贈られている)。

1972年夏、浅草のストリップ劇場「浅草フランス座」でエレベーターボーイとして働きながら芸人見習いとなり、伝説の浅草芸人・深見千三郎に師事した。ここでコントの基礎とタップダンスを叩き込まれた経験は、のちの自伝『浅草キッド』や、劇団ひとり監督によるNetflix映画『浅草キッド』(2021年)として語り継がれている。

毒ガスとともに現れた漫才師[編集]

1970年代前半、相方のビートきよしと漫才コンビ「ツービート」を結成。1976年からNHK新人漫才コンクールに3年連続で出場したが最優秀賞には届かなかった。転機は1980年の漫才ブームで、「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」に代表される過激な「毒ガス標語」と、マシンガンのような早口のボケで一気に時代の寵児となった。同年に出したネタ本は約85万部を売り上げたとされる。

批判に対しては「たかが漫才師の言う事に腹を立てるバカ」と切り返すのがツービート流だった。漫才ブーム自体は1982年夏ごろには下火になるが、たけしはここからピン芸人としてテレビへ軸足を移し、むしろブーム終息後に本格的な黄金時代を迎えることになる。

経歴[編集]

テレビ・ラジオの帝王時代(1980年代)[編集]

1981年元日、ニッポン放送で『ビートたけしのオールナイトニッポン』がスタート。深夜ラジオで繰り出す下品で知的なトークは若者を熱狂させ、放送は約10年にわたって続いた。同じ1981年5月にはフジテレビ系『オレたちひょうきん族』が始まり、「タケちゃんマン」で明石家さんま演じるブラックデビルらと対決。裏番組の『8時だョ!全員集合』と熾烈な視聴率争いを繰り広げたことは、テレビ史の名場面として今も語られる。

1980年代半ばには『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』『スーパージョッキー』『ビートたけしのスポーツ大将』など冠番組を次々と抱え、1986年からはTBS系で視聴者参加型アトラクション番組『風雲!たけし城』(1986〜1989年)の城主を務めた。『たけし城』は海外でも放送され、米国では『MXC』として再編集版が人気となるなど、たけしの名を世界に広めた意外な功労者でもある。

この時期、たけしのもとには弟子入り志願の若者「ボーヤ」が殺到し、1982〜1984年頃に「たけし軍団」が形成された。軍団の面々を引き連れた集団芸はバラエティ番組の一つの型となった。タモリ・明石家さんまと並ぶ「お笑いBIG3」の一角として、日本のテレビバラエティの頂点に君臨した時代である。

フライデー襲撃事件(1986年)[編集]

1986年12月9日、たけしはたけし軍団のメンバーとともに講談社の写真週刊誌『FRIDAY』編集部を訪れ、編集部員に暴行を加えたとして逮捕された。いわゆる「フライデー襲撃事件」である。報道によれば、親しい女性への同誌の強引な取材に対する抗議が発端とされる。1987年6月10日、懲役6か月・執行猶予2年の有罪判決が言い渡された。

事件後、たけしはしばらくテレビから姿を消して謹慎したが、やがて復帰。この事件は、当時社会問題化しつつあった写真週刊誌の取材手法をめぐる議論も呼び起こし、芸能人と報道の関係を語るうえで必ず言及される出来事となっている。

監督「北野武」の誕生(1989年〜)[編集]

1989年、主演予定だった刑事映画『その男、凶暴につき』で、当初監督予定だった深作欣二の降板を受けて急遽メガホンを取り、映画監督デビューを果たした。ここから「北野武」名義の監督キャリアが始まる。

続く『3-4X10月』(1990年)、聴覚障害のあるサーファーの青年を描いた『あの夏、いちばん静かな海。』(1991年)、沖縄を舞台にしたヤクザ映画『ソナチネ』(1993年)と作品を重ねた。『ソナチネ』は日本では興行的に振るわなかったものの、海外で高く評価され、カンヌやロンドンの映画祭に招かれるきっかけとなった。

1994年のバイク事故と復活[編集]

1994年8月2日未明、たけしは原付バイクで自損事故を起こし、顔面と頭部に重傷を負った。酒気帯び運転で書類送検されたが、起訴猶予処分となっている。生死が危ぶまれるほどの大けがで、顔面には麻痺の後遺症が残った。

約7か月の療養を経て、1995年3月に『平成教育委員会』でテレビに復帰。事故後に撮った『キッズ・リターン』(1996年)は、落ちこぼれの若者二人の青春を描いた作品で、ラストの「まだ始まっちゃいねえよ」は北野作品屈指の名台詞として知られる。そして翌1997年、『HANA-BI』でついにヴェネツィア国際映画祭の最高賞・金獅子賞を受賞し、「世界のキタノ」の地位を確立した。

黄金期とオフィス北野からの独立[編集]

2000年代以降も、ロサンゼルスを舞台にした『BROTHER』(2000年)、文楽をモチーフにした『Dolls』(2002年)、金髪の居合い斬りが話題になった『座頭市』(2003年)、自己解体的な三部作『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』『アキレスと亀』(2005〜2008年)と、作風を大胆に変えながら作品を発表した。2010年からはヤクザ群像劇『アウトレイジ』シリーズで娯楽路線に回帰し、3部作を完結させた。

2005年4月から2008年まで、東京藝術大学大学院映像研究科の特別教授も務めている。2018年3月末には、1988年の設立から30年所属したオフィス北野を退社し、新事務所「T.Nゴン」へ移籍した。報道によれば、たけし軍団は当時オフィス北野に残る道を選んだ。

監督作品[編集]

公開年 作品 備考
1989 その男、凶暴につき 監督デビュー作。主演も兼任
1990 3-4X10月 初の脚本・監督作
1991 あの夏、いちばん静かな海。 音楽は久石譲(以後の作品も多数担当)
1993 ソナチネ 海外評価の起点。「キタノブルー」が際立つ
1994 みんな〜やってるか! 「ビートたけし」名義のコメディ
1996 キッズ・リターン 事故からの復帰作
1997 HANA-BI ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞
1999 菊次郎の夏 題名は父の名から。カンヌ国際映画祭コンペ出品
2000 BROTHER 日英合作、米国ロケ
2002 Dolls 文楽を題材にした恋愛三話
2003 座頭市 ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)
2005 TAKESHIS' 自分が二人出てくる実験作
2007 監督・ばんざい! 「GLORY TO THE FILMMAKER!」賞の第1回受賞
2008 アキレスと亀 売れない画家の生涯
2010 アウトレイジ ヤクザ群像劇シリーズ第1作
2012 アウトレイジ ビヨンド シリーズ第2作
2015 龍三と七人の子分たち 元ヤクザの老人たちのコメディ
2017 アウトレイジ 最終章 シリーズ完結
2023 首 本能寺の変を描く戦国映画。自作小説が原作
2025 Broken Rage Amazon Prime Video独占配信の約60分作品

主な俳優としての出演作[編集]

  • 『戦場のメリークリスマス』(1983年、大島渚監督) - ハラ軍曹役。坂本龍一、デヴィッド・ボウイと共演し、俳優としての評価を決定づけた
  • 『バトル・ロワイアル』(2000年、深作欣二監督) - 教師「キタノ」役
  • 『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019年、NHK大河ドラマ) - 古今亭志ん生役(噺)
  • 『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017年) - 荒巻役でハリウッド大作に出演
  • 自身の監督作の多く(『その男、凶暴につき』の我妻刑事、『HANA-BI』の西刑事、『座頭市』、『首』の羽柴秀吉など)

代表作の解説[編集]

『ソナチネ』と「キタノブルー」[編集]

北野映画の代名詞が、画面全体を青みがかった色調で統一した独特の映像美「キタノブルー」だ。とりわけ『ソナチネ』以前の作品で顕著で、撮影中に急な雨が降り、画面が青く沈んだことがきっかけで生まれたと言われる。フランスのジャン=ピエール・メルヴィル監督のフィルム・ノワールとの共通性もしばしば指摘される。

静止したような長回し、説明を極端に削った編集、そして唐突に訪れる暴力。この「静けさの中の凶暴さ」こそが北野映画の文法であり、沖縄の海辺でヤクザたちが紙相撲に興じる『ソナチネ』の穏やかな場面と、その後の死の気配の落差は、多くの映画ファンに衝撃を与えた。

『HANA-BI』[編集]

病気の妻を抱え、同僚を撃たれた刑事・西(ビートたけし)の最後の旅を描く。劇中には北野自身が事故後の療養中に描いた絵画が多数使われており、暴力と死、そして夫婦の静かな愛情が、色鮮やかな絵とともに描かれる。1997年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。日本映画としては1958年の稲垣浩監督『無法松の一生』以来、39年ぶりの快挙だった。

『座頭市』[編集]

勝新太郎の当たり役として知られる『座頭市』を、金髪・赤い杖の座頭市として大胆にリメイクした時代劇。タップダンスを取り入れたラストの群舞、農作業の音がリズムになる演出など、浅草芸人時代の素養が随所に生きている。ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)、トロント国際映画祭で観客賞を受賞し、興行的にも北野作品最大のヒットとなった。

『アウトレイジ』シリーズ[編集]

「全員悪人」のキャッチコピーで知られるヤクザ群像劇。それまでの作家性の強い作品とは打って変わり、裏切りと報復の連鎖を怒鳴り合いの会話劇で見せる娯楽作で、『ビヨンド』『最終章』と3部作に発展した。強面の名優たちがひたすら罵り合う姿が話題となり、北野映画の新しい客層を開拓した。

『首』(2023年)[編集]

織田信長・羽柴秀吉・明智光秀らの欲望と裏切りを描いた戦国映画で、北野自身の小説『首』が原作。構想は『ソナチネ』と同時期にさかのぼり、約30年温めた企画とされる。生前の黒澤明が「これを撮れば『七人の侍』と並ぶ傑作になる」と期待を寄せていたという逸話もある。

北野が秀吉を演じ、光秀に西島秀俊、信長に加瀬亮、ほか浅野忠信、大森南朋、中村獅童、木村祐一、遠藤憲一、桐谷健太、小林薫、岸部一徳らが出演。2023年5月23日、第76回カンヌ国際映画祭「カンヌ・プレミア」部門で世界初上映され、約5分間のスタンディングオベーションに北野は「今度はもっと良い作品作ってまた来ます」と応えた。日本では同年11月23日に公開された。

『Broken Rage』(2025年)[編集]

北野が脚本・監督・編集を務め、「ビートたけし」名義で殺し屋「ねずみ」を演じた約60分の作品。前半はハードなクライムアクション、後半はまったく同じ物語をセルフパロディのコメディとして撮り直すという二部構成で、「暴力映画における笑い」をテーマにした実験作である。浅野忠信、大森南朋、中村獅童、劇団ひとりらが出演し、音楽はピアニストの清塚信也が担当。

2024年の第81回ヴェネツィア国際映画祭でアウト・オブ・コンペティション部門の特別上映として初お披露目され、長いスタンディングオベーションを北野自ら止める一幕もあった。2025年2月14日からAmazon Prime Videoで世界独占配信された。

人物・エピソード[編集]

  • 「殿」と呼ばれる師匠 - たけし軍団をはじめとする弟子たちからは「殿」と呼ばれる。軍団からはそのまんま東(のちの宮崎県知事・東国原英夫)、ガダルカナル・タカ、ダンカン、グレート義太夫、水道橋博士ら多くの芸人が巣立った。
  • 「コマネチ!」 - 股間に沿って両手を鋭く切り上げる定番ギャグ。ルーマニアの体操選手ナディア・コマネチのレオタード姿が由来とされ、半世紀近く経った今でも代名詞である。
  • ゲームクリエイターとしての顔もあり、1986年にファミリーコンピュータ用ソフト『たけしの挑戦状』の監修を務めた。理不尽すぎる謎解きで「伝説のクソゲー」として今も語り草になっている。
  • 画家としても活動 - 事故後のリハビリを機に絵を描き始め、2010年にはパリのカルティエ現代美術財団で個展を開催した。
  • 作家としての顔 - エッセイ・小説・詩集など著作は膨大で、『浅草キッド』(1988年)のほか、恋愛小説『アナログ』(2017年)は2023年に二宮和也主演で映画化された。フランス語に翻訳された小説もある。
  • 首の不調については、ツービート時代のトランポリン稽古での負傷が原因と本人が説明している。
  • 2021年9月4日には、TBSでの番組収録後に乗車していた車を男にツルハシで襲撃される事件が起き、大きく報じられた。

受賞歴・栄典[編集]

  • 1997年 - ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞(『HANA-BI』)
  • 1998年 - 芸術選奨文部大臣賞(『HANA-BI』)
  • 2003年 - ヴェネツィア国際映画祭 銀獅子賞(監督賞、『座頭市』)
  • 2007年 - ヴェネツィア国際映画祭「GLORY TO THE FILMMAKER!」賞(第1回、『監督・ばんざい!』)
  • 2008年 - モスクワ国際映画祭 特別功労賞
  • 2010年 - フランス芸術文化勲章コマンドゥール
  • 2014年 - 東京国際映画祭 特別賞
  • 2016年 - レジオン・ドヌール勲章オフィシエ
  • 2018年 - 旭日小綬章

フランスでの評価は特に高く、芸術文化勲章とレジオン・ドヌール勲章という同国の二大文化系勲章をいずれも受けている。

家族[編集]

父・北野菊次郎はペンキ職人で、映画『菊次郎の夏』の題名は父の名前に由来する。母・さきは教育熱心で知られ、たけしのエッセイや自伝ドラマにしばしば登場する。兄・北野大は化学者で、明治大学名誉教授を務め、自身もタレントとしてテレビに出演してきた。

前妻・幹子さんとの間に一男一女があり、長女は歌手としても活動した北野井子。前妻とは2019年に協議離婚し、2020年に一般女性と再婚したことが報じられている。

評価・影響[編集]

北野映画の評価は、日本より先に海外で固まったと言ってよい。テレビの「ビートたけし」を知らない国々の観客は、先入観なしに作品の芸術性だけを見た。結果、ヨーロッパでは「現代日本映画を代表する監督」としての地位を早くから確立し、ヴェネツィアで二度の獅子賞、カンヌへの度重なる招待、フランスの勲章といった評価につながった。

一方、日本でも『座頭市』『アウトレイジ』シリーズの興行的成功で、娯楽映画の作り手としての評価も確立した。お笑い芸人から世界的監督へ、という経歴は前例がほぼなく、のちに映画製作に挑む芸人たちの道しるべともなった。テレビの世界でも、毒舌と知性を併せ持つ司会スタイルは、現在の情報バラエティ番組の一つの原型になっている。

2020年代の動向[編集]

映画・配信[編集]

2021年、自伝を原作とするNetflix映画『浅草キッド』(劇団ひとり監督)が配信され、師匠・深見千三郎との日々が改めて脚光を浴びた。2023年4月21日には、『風雲!たけし城』が34年ぶりにAmazon Prime Videoで復活し、バナナマンの設楽統・日村勇紀、上田晋也、渡辺直美らとともに城主として出演した。

監督としては2023年に『首』、2025年に初の配信映画『Broken Rage』を発表。70代後半になっても、劇場映画と配信という異なる形式の両方で新作を出し続けている。

テレビ・アート・2026年の近況[編集]

長年MCを務めた『奇跡体験!アンビリバボー』からは2024年3月に勇退し、バナナマンが後を継いだ。一方でテレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』には引き続き出演しており、2026年6月の放送では、79歳として自らの最期について「まあ、野垂れ死にだと思ってんだけど」と語り話題になった。

2026年7月20〜21日には、東京・銀座の銀座 蔦屋書店で「ビート&アートたけし展」が開催され、初公開の最新作を含む47点が展示された。文化財の超高精細複製技術を現代アートに応用した試みで、『HANA-BI』で使われた絵やツービート時代の漫才で使われた作品も並んだ。同年3月には、映画『BROTHER』の衣装をモチーフにしたヨウジヤマモトのコレクションも発表されている。

2026年9月7日には、たけし軍団の一員で『菊次郎の夏』にも出演したグレート義太夫さんが67歳で亡くなり、師匠と弟子の長年の交流が改めて報じられた。

余談[編集]

  • 『HANA-BI』の金獅子賞は、日本映画としては1958年の『無法松の一生』以来39年ぶり。黒澤明『羅生門』から数えて日本映画3本目の金獅子賞だった。
  • デビュー作『その男、凶暴につき』は、もともと主演俳優としてのオファーだった。監督の深作欣二が降板したことで、偶然「映画監督・北野武」が誕生した。
  • 『オレたちひょうきん族』はもともと「裏番組の『8時だョ!全員集合』には勝てない」と言われていたが、最終的に土曜8時戦争を制した。
  • 『風雲!たけし城』のアメリカ版『MXC』では、たけしの役名が「Vic Romano」に変えられていた。
  • 若い頃に本格的に習ったタップダンスは『座頭市』のクライマックスで見事に生かされ、浅草フランス座時代の修業が30年越しに世界の映画祭で拍手を浴びることになった。
  • ツービートの「毒ガス標語」の中でも「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」は、もはや日本語の慣用句のように使われている。

外部リンク[編集]

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