| 古手川祐子 こてがわ ゆうこ / Yūko Kotegawa | |
|---|---|
![]() 古手川祐子(出典:TheTVDB 人物ページ掲載の写真) | |
| 誕生日 | 1959年7月16日 |
| 年齢 | 67歳 |
| 出身地 | 大分県大分市 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 大分県立鶴崎工業高等学校卒業 |
| ジャンル | 映画、テレビドラマ、司会 |
| 活動期間 | 1976年 - |
| デビューアルバム | 1976年 映画『星と嵐』 |
| 家族 | 元夫:田中健(俳優、1986年 - 1999年)、長女:綾那(元タレント)、妹:古手川伸子(元女優) |
| 身長 / 体重 | 158 cm cm / ― kg |
| 血液型 | B型 |
| 事務所 | コニイ(デビュー時は東宝芸能) |
| 代表作 | 『幕末未来人』『西部警察』『想い出づくり。』『細雪』『宮本武蔵』『春の鐘』『花の降る午後』『炎立つ』 |
| 関連活動 | 『ミュージックフェア』総合司会(1988年 - 1995年) |
| その他 | エランドール賞新人賞(1980年)、第13回日本アカデミー賞優秀主演女優賞(『花の降る午後』) |
概要[編集]
古手川祐子(こてがわ ゆうこ、1959年7月16日 - )とは、大分県出身の女優である。1976年に三浦友和の相手役を選ぶ「ミス・サラダガール・コンテスト」で優勝してデビューし、市川崑監督の『細雪』の四女・妙子や山田太一脚本のドラマ『想い出づくり。』などで、昭和を代表する清純派美人女優として人気を集めた。2016年を最後に表舞台から遠ざかっている。
詳細[編集]
コンテスト優勝から映画デビューへ[編集]
古手川祐子の芸能人生は、ひとつのコンテストから始まった。1976年8月2日、東宝とカネボウ化粧品が共催した「ミス・サラダガール・コンテスト」の全国大会で1位に選ばれたのである。このコンテストは、当時の人気スター三浦友和の相手役を探すという触れ込みで開かれたもので、大分県の工業高校に通う17歳の少女がグランプリをさらった。
優勝後は東宝芸能に入社し、カネボウのCMに出演。同じ1976年、三浦友和主演の東宝映画『星と嵐』で映画デビューを果たした。コンテストの「相手役」という約束どおりの、華々しいスタートだった。
『幕末未来人』と「清純派」のイメージ[編集]
本格的にブレイクしたのは翌1977年、NHKの「少年ドラマシリーズ」で放送された『幕末未来人』である。眉村卓の短編「名残の雪」を原作に、現代の高校生が幕末にタイムスリップするSFドラマで、全16回が平日夕方に放送された。古手川はこの作品で一気に注目され、「清純派」の「美人女優」として知られるようになる。
その後もカネボウ化粧品やはごろもフーズのイメージキャラクターを長く務め、CMでもおなじみの顔となった。大きな瞳と落ち着いた雰囲気は、1970年代後半から80年代にかけての「お嫁さんにしたい女優」像のひとつだったといってよい。
『西部警察』から『想い出づくり。』へ[編集]
1979年からはテレビ朝日系の刑事ドラマ『西部警察』に出演した。演じたのは、渡哲也演じる大門圭介の妹・大門明子。荒っぽいアクションと爆破シーンの連続で知られる番組のなかで、男だらけの「大門軍団」の帰りを待つ明子は、作品の数少ない癒やし役だった。
1981年にはTBSで山田太一脚本の『想い出づくり。』に、森昌子・田中裕子とともに3人のヒロインの一人として主演した。結婚適齢期の24歳を迎えた3人の女性が、結婚する前に「想い出」をつくろうとする物語で、古手川は小田急ロマンスカーの客室乗務員・吉川久美子を演じた。
『細雪』の妙子[編集]
1983年、東宝創立50周年記念映画として市川崑監督が谷崎潤一郎の『細雪』を映画化した。昭和13年の大阪・船場を舞台に、旧家・蒔岡家の四姉妹の一年を描いた大作で、長女・鶴子に岸惠子、次女・幸子に佐久間良子、三女・雪子に吉永小百合という豪華な顔ぶれのなか、古手川は奔放な四女・妙子を演じた。
妙子は駆け落ち騒ぎを起こしたり、恋人を亡くして酒場に入り浸ったりと、四姉妹のなかでいちばん「はみ出した」存在である。清純派の古手川があえて奔放な末娘を演じたことで、女優としての幅を見せた作品となった。公開前は興行面を心配する声もあったが、80年代の「お嬢様ブーム」もあってヒットし、キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画第2位に選ばれている。
経歴[編集]
1959年 - 1976年:大分時代[編集]
1959年7月16日、大分県に生まれる。地元の大分県立鶴崎工業高等学校を卒業した。高校在学中の1976年、「ミス・サラダガール・コンテスト」で優勝し、芸能界入りが決まる。妹の古手川伸子ものちに女優として活動した。
1976年 - 1984年:清純派スターとして[編集]
1976年に『星と嵐』でデビューし、1977年の『幕末未来人』で人気を得た。1979年には山本薩夫監督の『あゝ野麦峠』に出演。明治時代、飛騨から野麦峠を越えて信州の製糸工場へ働きに出た少女たちを描いた作品である。同年から『西部警察』にもレギュラー出演した。1980年にはエランドール賞新人賞を受賞している。
1981年は特に忙しい年で、東宝の戦争大作『連合艦隊』で本郷陽子を、高倉健主演の『駅 STATION』で冬子を演じた。テレビでも『想い出づくり。』のほか、TBSの大型時代劇『関ヶ原』に出演している。1981年12月31日には「第32回NHK紅白歌合戦」の審査員も務めた。1982年には『ひめゆりの塔』で上原文を、1983年には『細雪』で蒔岡妙子を演じた。
1984年4月から1985年3月にかけては、NHKの大型時代劇『宮本武蔵』で、役所広司演じる武蔵を慕い続けるヒロイン・お通を演じた。英語版ウィキペディアでは、この役が彼女のキャリアの頂点の一つとされている。
1985年 - 1995年:初主演と円熟期[編集]
1985年、立原正秋原作・蔵原惟繕監督の東宝映画『春の鐘』で映画初主演を果たす。奈良の美術館長・鳴海(北大路欣也)と惹かれ合う、信楽の陶工の娘・石本多恵を演じた。この作品で初めてヌードを披露したことが大きな話題になった。音楽は久石譲が担当している。
1986年、ドラマ『夜の傾斜』で共演した俳優の田中健と結婚した。1988年4月からはフジテレビの音楽番組『ミュージックフェア』の総合司会に就任し、1995年10月まで7年半にわたって務めた。
1989年には宮本輝原作の映画『花の降る午後』に主演した。神戸市政100周年記念映画として東宝が製作した作品で、古手川が演じたのは、亡き夫の跡を継いで神戸のフランス料理店「アヴィニョン」を切り盛りする37歳の女性・甲斐典子。店の乗っ取りを企む夫婦の妻・実紗を桜田淳子が演じた。この作品で、古手川は第13回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を受けている(最優秀主演女優賞は『黒い雨』の田中好子)。
1992年には大森一樹監督、真田広之主演の『継承盃』で門田恵を演じ、真田との激しいラブシーンが話題になった。1993年7月から放送された大河ドラマ『炎立つ』では、第一部・第二部に結有(ゆう)役で出演し、渡辺謙らと共演した。1994年には市川崑監督、高倉健主演の『四十七人の刺客』に出演している。
1995年 - 2016年:母親役・脇役として[編集]
1995年には『音の犯罪捜査官 響奈津子』で主演し、2時間ドラマのシリーズでも存在感を見せた。1999年に田中健と離婚する。
2000年代に入ると、主人公の母親役や物語を支える脇役が増えていった。映画では『陰陽師II』(2003年)の月黄泉、大林宣彦監督の『理由』(2004年)や『転校生 -さよなら あなた-』(2007年)、佐々部清監督の『出口のない海』(2006年)、『ホームレス中学生』(2008年)、『ばかもの』(2010年)などに出演した。テレビでは2004年・2005年のNHKドラマ『ジイジ ~孫といた夏~』でヒロインを務め、2010年の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』では、松下奈緒演じるヒロイン・布美枝の母・飯田ミヤコを演じた。
アニメ映画『銀色の髪のアギト』(2006年)では声優としてヨルダ役を担当。2015年の『警視庁捜査一課9係』などを経て、2016年に日本テレビ系で放送された宮藤官九郎脚本のドラマ『ゆとりですがなにか』第9話へのゲスト出演が、現時点で確認できる最後のテレビ出演となっている。
主な出演作[編集]
映画[編集]
| 公開年 | 作品 | 監督 | 役名・備考 |
|---|---|---|---|
| 1976年 | 星と嵐 | - | 映画デビュー作。三浦友和主演 |
| 1977年 | 白熱デッドヒート | - | |
| 1979年 | あゝ野麦峠 | 山本薩夫 | |
| 1981年 | 連合艦隊 | 松林宗恵 | 本郷陽子 |
| 1981年 | 駅 STATION | 降旗康男 | 冬子。高倉健主演 |
| 1982年 | ひめゆりの塔 | 今井正 | 上原文 |
| 1983年 | 細雪 | 市川崑 | 蒔岡妙子(四女) |
| 1984年 | 虞美人草 | - | 藤尾 |
| 1985年 | 春の鐘 | 蔵原惟繕 | 石本多恵。映画初主演 |
| 1989年 | 花の降る午後 | 大森一樹 | 甲斐典子。主演。日本アカデミー賞優秀主演女優賞 |
| 1992年 | 継承盃 | 大森一樹 | 門田恵 |
| 1993年 | 子連れ狼 その小さき手に | - | |
| 1994年 | 四十七人の刺客 | 市川崑 | |
| 2003年 | 陰陽師II | 滝田洋二郎 | 月黄泉 |
| 2004年 | 理由 | 大林宣彦 | |
| 2005年 | この胸いっぱいの愛を | - | |
| 2006年 | 出口のない海 | 佐々部清 | 並木光江 |
| 2006年 | 銀色の髪のアギト | - | ヨルダ(声の出演) |
| 2007年 | きみにしか聞こえない | - | 相原伸子 |
| 2007年 | 転校生 -さよなら あなた- | 大林宣彦 | 斉藤千恵 |
| 2008年 | ホームレス中学生 | 古厩智之 | 田村京子 |
| 2010年 | ばかもの | 金子修介 | 額子の母 |
| 2010年 | ふたたび swing me again | 塩屋俊 |
テレビドラマ[編集]
- 1977年『幕末未来人』(NHK、少年ドラマシリーズ)
- 1979年 - 1982年『西部警察』(テレビ朝日):大門明子
- 1981年『想い出づくり。』(TBS):吉川久美子
- 1981年『関ヶ原』(TBS)
- 1982年『さよなら三角またきて四角』(TBS):紀子
- 1984年 - 1985年『宮本武蔵』(NHK):お通
- 1985年『迷宮課刑事おみやさん』
- 1985年『谷崎・その愛,我という人の心は』(NHK):松子
- 1986年『女ともだち』(TBS):杉田恵以子
- 1988年『妻の恋』(NHK、ドラマ新銀河):和泉涼子
- 1988年・1989年『御宿かわせみ』スペシャル(テレビ朝日)
- 1990年『いけない女子高物語』(日本テレビ):松村美鈴(主演)
- 1993年 - 1994年『炎立つ』(NHK大河ドラマ):結有
- 1994年『警部補・古畑任三郎』(フジテレビ)
- 1995年『音の犯罪捜査官 響奈津子』:響奈津子(主演)
- 2004年・2005年『ジイジ ~孫といた夏~』(NHK)
- 2010年『ゲゲゲの女房』(NHK連続テレビ小説):飯田ミヤコ
- 2012年『陽だまりの樹』(NHK BSプレミアム)
- 2015年『警視庁捜査一課9係』(テレビ朝日)
- 2016年『ゆとりですがなにか』(日本テレビ):第9話ゲスト
司会・バラエティ[編集]
- 『ミュージックフェア』(フジテレビ、1988年4月3日 - 1995年10月1日):総合司会
- 『新春かくし芸大会』(フジテレビ)
- 『発掘!あるある大事典』(フジテレビ)
- 『古手川祐子・モト冬樹 イタリア珍紀行』(日本テレビ)
- 『第32回NHK紅白歌合戦』(1981年):審査員
- ラジオ『古手川祐子 おチャメな旅行カバン』(1983年、ニッポン放送)
代表作の解説[編集]
『想い出づくり。』[編集]
1981年9月18日から12月25日までTBSで放送された、山田太一脚本の連続ドラマ。工場勤めの佐伯のぶ代(森昌子)、ロマンスカーの客室乗務員・吉川久美子(古手川)、OLの池谷香織(田中裕子)の3人が、旅行会社の入会説明会で知り合って意気投合し、「結婚する前に想い出をつくろう」と動き出す物語である。ロマンスカーの車内シーンは、小田急電鉄の協力で実際の車両を使って撮影された。
この作品が有名なのは、内容だけでなく放送枠のせいでもある。同じ金曜夜10時台、フジテレビではあの『北の国から』が放送されていたのだ。今では伝説的なドラマとなった『北の国から』だが、当時の知名度はまだ低く、視聴率では『想い出づくり。』が終始リードしていたとされる。平均視聴率は15.2%(ビデオリサーチ、関東地区)。脚本家の岡田惠和は、ビデオデッキが普及していなかった時代に、どちらを見るかは難しい選択だったと振り返っている。
『細雪』[編集]
市川崑の『細雪』は、谷崎文学の世界を四季の美しい映像と豪華な着物で描いた作品として知られる。衣装は約160点が新たに作られ、市川監督は何度も作り直しを求めたという。古手川の入浴シーンでは、湯気の上がり方が気に入らず3回撮り直したと伝えられている。こうした完璧主義が、昭和の名作のひとつとしての評価につながった。
脚本の一部は、病気療養中だった市川の妻・和田夏十が執筆しており、和田は完成作を見ることなく亡くなった。作品はアジア太平洋映画祭で作品賞などを受け、ベネチア国際映画祭にも出品されている。
『花の降る午後』[編集]
宮本輝の小説を大森一樹監督が映画化した1989年の作品。神戸を舞台に、亡き夫が遺したフランス料理店を守る37歳の未亡人・典子が、夫の買った絵をきっかけに年下の画家・高見雅道と出会い、惹かれていく。一方、店の乗っ取りを企む荒木夫妻がじわじわと店に危害を加え始め、恋愛ドラマとサスペンスが交差していく。
デビューから13年、30歳を迎えた古手川が、大人の女性の揺れる心とお店を背負う強さの両方を演じきり、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受けた。敵役の桜田淳子も同賞の助演女優賞を受けており、二人の対決が作品の見どころになっている。
受賞歴[編集]
- 1976年 ミス・サラダガール・コンテスト グランプリ
- 1980年 エランドール賞 新人賞
- 1990年 第13回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『花の降る午後』)
- 1991年 第2回日本ジュエリーベストドレッサー賞 30代部門
家族[編集]
元夫・田中健[編集]
1986年、ドラマ『夜の傾斜』で共演した俳優の田中健と結婚した。田中健(1951年 - )は福岡県筑後市出身で、青春ドラマ『俺たちの旅』などで知られる俳優であり、南米の民族楽器ケーナの奏者としても活動している。結婚後しばらく古手川の実家で暮らしていた時期があり、マスコミからは『サザエさん』にちなんで「マスオさん」と呼ばれたこともあったという。
1987年に長女が誕生した。料理好きの田中が、娘の学校の弁当をほとんど自分で作っていたというエピソードも伝えられている。二人は1999年に離婚し、田中は2000年に女優・加賀千景と再婚した。
長女・綾那[編集]
長女の綾那(1987年 - )は、母と同じ芸能の道に進んだ。2009年ごろからドラマに出演し、女優・タレントとして活動したほか、ゲーム好きを生かしてYouTubeチャンネルの運営や、カプコンの公式番組のアシスタント、ゲームサイトでのコラム執筆なども行った。2024年2月に所属事務所を退所し、芸能界から引退している。
妹・古手川伸子[編集]
妹の古手川伸子も女優として活動していたが、現在は芸能界を離れている。
2020年代の動向[編集]
2016年の『ゆとりですがなにか』を最後に、古手川の新たな出演作は確認されていない。2023年には同ドラマの続編映画『ゆとりですがなにか インターナショナル』が公開されたが、これにも出演しなかった。所属事務所はコニイとされている。
2024年4月、週刊誌系ニュースサイト「NEWSポストセブン」は、長女・綾那への取材をもとに、古手川が事実上の「引退状態」にあると報じた。記事の見出しでは、綾那が「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」と母の様子を語ったとされる。一方で、母は芸能界を引退したわけではなく、祖母と3人で暮らしていると語ったとも紹介されている。
2026年10月にも同サイトが、表舞台を離れて10年となる古手川(67歳)の近況を報じた。見出しによれば、綾那は母について「自分の時間を大切にして、温和に暮らしてます」と明かしたという。本人からの公式な引退表明はなく、2026年現在も「休業中」に近い状態が続いている。
余談[編集]
- 英語版ウィキペディアによると、デビューのきっかけとなった「ミス・サラダガール・コンテスト」では、のちに女優となる名取裕子が準優勝だったとされる。
- 『想い出づくり。』の裏番組は、あの『北の国から』だった。今では信じにくいが、当時は『想い出づくり。』のほうが視聴率で勝っていたとされる。
- 『細雪』の撮影では、入浴シーンの「湯気の上がり方」が気に入らないという理由で、市川崑が3回も撮り直したという。
- 1985年のドラマ『谷崎・その愛,我という人の心は』では谷崎潤一郎の妻・松子を演じており、『細雪』(松子が次女・幸子のモデルとされる)と合わせて、谷崎ゆかりの作品に縁が深い。
- 1981年の紅白歌合戦では審査員を務めた。その年は『想い出づくり。』『連合艦隊』『駅 STATION』が重なった、まさに人気絶頂の年だった。
- 2008年には、夏目雅子らとともに、昭和の女優たちの歌を集めたCD『アクトレス・ミラクルバイブル』に楽曲が収録された。
- 娘の綾那は、母の得意な時代劇やドラマではなく、ゲーム実況やゲームコラムで知られるようになった。
