| 南波杏 | |
|---|---|
| An Nanba | |
| 生年月日 | 1984年3月7日 |
| 出身地 | 長崎県生まれ・群馬県育ち |
| 身長 | 154cm |
| 活動期間 | 2002年 - 2008年 |
| デビュー | 2002年10月(『Number.1!』) |
| ジャンル | 単体女優 |
| 専属 | MOODYZ(2002年 - 2005年) |
| レーベル | MOODYZ |
| 事務所 | イオンプロモーション |
| 主な受賞 | MOODYZ大賞 最優秀女優賞(2003・2004・2005年度) |
| 別名 | 小春日和(アイドル時代) |
概要[編集]
南波杏(なんば あん、1984年3月7日 - )とは、2002年から2008年まで活動した日本の元AV女優である。長崎県生まれ、群馬県育ち。お菓子系アイドル「小春日和」を経て2002年10月にMOODYZ専属でデビューし、MOODYZ大賞最優秀女優賞を3年連続で受賞、DMM調べの女優別売上でも2005年から3年連続1位となった。芸名は「No.1(ナンバーワン)」にちなむ。熱心なゲーマーとしても知られ、2008年3月の101作目を最後に引退した。
詳細[編集]
デビュー前(小春日和・お菓子系アイドル時代)[編集]
AVデビュー以前は「小春日和」という芸名で、いわゆるお菓子系アイドルとして活動していた。その後、グラビア誌『bejean』で初めてヌードグラビアを披露した。
英語圏のインタビューでは、AVの道へ進んだきっかけについて、盗難被害に遭ってまとまったお金が必要になったことを挙げている。
なお、祖母がハーフであり、わずかにオランダ人の血を引いていると紹介されることがある。
AVデビューとMOODYZ専属[編集]
2002年10月1日、MOODYZからデビュー作『Number.1!』が発売された。当時18歳。作品タイトルは、芸名「なんば あん」が英語の「Number One」に音が近いことに掛けたものである。デビューと同時にMOODYZとの専属契約を結び、以後は月に1本、多い時期には月2本というハイペースで新作を出し続けた。
MOODYZは2000年に作品のリリースを開始した新興メーカーで、北都(アウトビジョン)グループに属する。南波との専属契約は同社の勢いを大きく押し上げた出来事とされ、南波は「MOODYZ史上もっとも人気の高かった女優」とも評される。デビュー当時は、ハロー!プロジェクトのグループメロン記念日のメンバー・柴田あゆみに容貌が似ていると評判になった。
2003年7月には、AVではない一般グラビアのイメージ作品『Naked/南波杏』(シャッフル)も発売されている。ロケ地は沖縄だった。多忙なスケジュールの中、過労で倒れて休養を取ったこともあったと本人が明かしている。
MOODYZ大賞3連覇と売上No.1[編集]
南波は2003年度・2004年度・2005年度の3年連続で、MOODYZ大賞の最優秀女優賞を獲得した。2003年には出演作『デジタルモザイク Vol.11』が同賞の作品部門の最高賞を、『ドリームスクール7』がベストセールス賞を受賞しており、2004年にも出演作が特別賞に選ばれている。
メーカー内の賞にとどまらず、2005年から2007年にかけては、DMM(アダルト部門は現在のFANZA)調べのAV女優別売上ランキングで3年連続の1位を記録した。「No.1」をもじった芸名を、売上No.1という実績で裏付けた形である。
ほかにも、2005年のアダルト放送大賞ではCSチャンネル「Queen Bee」での出演によりチャンネル女優賞を受けた。2006年3月には『週刊プレイボーイ』誌のアダルト作品を対象とした企画賞で11部門を受賞している。作品の幅の広さから「ハードコアの女王」と呼ばれることもあった。
他メーカーへの出演[編集]
2005年4月15日には、MOODYZから和風の怪奇譚仕立ての作品『蔵の中』が発売された。同年7月の作品で、同一メーカーからの50作品連続リリースを達成している。
同年10月以降は専属の枠を外れ、アウトビジョン(北都)グループの他メーカー作品にも出演するようになった。最初はOPERAやクロス、続いてアタッカーズなどの作品に出演し、引退までにVIVAバサラ、プレミアム、アイデアポケット、ANIMALIJO、エスワンといったメーカーにも登場した。
一般メディア・中野腐女子シスターズ・ゲームライターとしての活動[編集]
AV以外の分野でも活動の場を広げた。2007年3月16日放送のテレビ朝日系ドラマ『特命係長 只野仁』(3rdシーズン)最終回となる第31話にゲスト出演したほか、インターネット放送GyaOの『エロパラNight』でアシスタントを務めた。2006年から2007年にかけては一般向けのVシネマ作品にも主演している。2006年5月には、ほかのAV女優3人とともにドキュメンタリー作品『under girl プライドと本音とAV女優』の被写体となった。
GyaOの番組『はなわレコード“中野腐女子シスターズ”』にも出演し、アイドルグループ「中野腐女子シスターズ」の一員としても活動した。同グループは、お笑い芸人のはなわがプロデュースし、2006年に同番組から誕生したユニットで、アニメやコスプレなどのいわゆる“オタク趣味”を持つメンバーで構成されていた。のちに「中野風女シスターズ」と改名し、男装ユニット「風男塾」の母体となった。
ゲームの分野では、ゲームライターとしての顔も持つ。ゲーム雑誌『CONTINUE』でコラムを連載し、2008年2月発売号まで続けたほか、2007年9月から2008年4月までゲーム関連サイト「Game Lover 100人委員会」でブログを連載していた。2006年7月には、本人が出演するPSP(PlayStation Portable)用のUMDソフトも発売されている。
引退(2008年)[編集]
2007年12月、自身のブログで、2008年3月発売の101作目への出演をもって引退すると発表した。引退にあたってMOODYZは「杏プロジェクト(Ann-Project)」と銘打った企画を展開し、2007年末から数週間のうちに8つのメーカーで8本の作品を撮影した。これらは2008年2月1日から順次発売され、同年3月1日発売の『永遠に僕だけの南波杏』が最後の作品となった。プロジェクトにはメモリアルブックとDVDも含まれていた。公式ブログは引退後に閉鎖されている。
引退後・AV30[編集]
引退後は表舞台に出ていないが、2012年時点ではAV女優が在籍するキャバクラにゲストとして出勤するなど、業界とのつながりが確認されている。
アダルトビデオ誕生30周年を記念して大手メーカー各社が参加した企画「AV30」では、2012年1月から2月にかけて歴代AV女優の人気投票が行われた。南波は引退から4年が経っていたにもかかわらず11位に入った。なお、この投票の1位はつぼみ、2位は麻美ゆま、3位は吉沢明歩だった。
人物[編集]
- ゲーマー:公式ブログはゲーム関連の記事が多く、PlayStation 2やニンテンドーDSなど複数の機種を所有していた。『どうぶつの森』では「なんば村」を開村し、クラブニンテンドーのプラチナ会員でもあった。好きなゲームとして『ナインティナインナイツ』『ファイナルファンタジーXII』『ドラゴンクエストIV』『Wii Fit』などを挙げている。海外のゲームメディアからは「日本でいちばんオタクなAV女優」と紹介されたこともある。
- 読書家:ブログには読書の記事も多く、とくに島田荘司の「御手洗潔シリーズ」を愛読し、ほぼ全作を読破している。2005年8月に島田本人と対面して以降も交流が続き、2013年時点でも一緒にUFCを観戦するなどしていた。
- 海外での知名度:中国語圏でも人気があり、台湾のレモンウォッカ飲料のCMに起用されたこともその一因とされる。
主な作品・出演[編集]
代表的な映像作品[編集]
- 『Number.1!』(2002年10月1日、MOODYZ) - デビュー作
- 『デジタルモザイク Vol.11』(2003年、MOODYZ) - MOODYZ大賞作品部門受賞
- 『ドリームスクール7』(2003年、MOODYZ) - MOODYZ大賞ベストセールス賞
- 『Naked/南波杏』(2003年7月、シャッフル) - 一般向けイメージ作品
- 『蔵の中』(2005年4月15日、MOODYZ)
- 『永遠に僕だけの南波杏』(2008年3月1日、MOODYZ) - 最終作
テレビ・ネット番組[編集]
- 『特命係長 只野仁』3rdシーズン 第31話(2007年3月16日、テレビ朝日)
- 『エロパラNight』(GyaO) - アシスタント
- 『はなわレコード“中野腐女子シスターズ”』(GyaO)
- 『Peach-Pit 桃のたね』(MONDO TV)
- 『美女と湯めぐり』(旅チャンネル)
映画・Vシネマ・ドキュメンタリー[編集]
- Vシネマ主演作(2006年、ビーエムドットスリー)
- Vシネマ主演作(2007年、ケイエスエス)
- 『under girl プライドと本音とAV女優』(2006年) - ドキュメンタリー
ユニット・連載[編集]
- 中野腐女子シスターズ - メンバーとして活動
- 『CONTINUE』 - コラム連載(2008年2月発売号まで)
- 「Game Lover 100人委員会」 - ブログ連載(2007年9月 - 2008年4月)
余談[編集]
- 発売前のWiiを手に入れるため、ニューヨークまで出かけて行列に並んだという逸話がある。
- 芸名の由来である「No.1」を、MOODYZ大賞3連覇と売上ランキング3年連続1位という実績で文字どおり体現した。
- 2012年のAV30人気投票では、引退から4年が経過していながら11位に入り、根強い人気を示した。
- 英語版の資料では生年は1984年3月7日で一致するものの、出生地を東京としているものがあり、資料によって記載が分かれている。